レジーのブログ(旧)

15/4/23 昨今の諸々を踏まえて移管します。詳細は最新記事をご確認ください。ブックマークいただいていた方は変更をお願いします!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【第4回】あの1023円で何が買えたか? -もはや誰も顧みない90sJ-POPを勝手に供養する-

レジー「前回の予告通り、今回は『あの1023円で何が買えたか? -もはや誰も顧みない90sJ-POPを勝手に供養する-』の4回目をお送りします」

司会者「第3回が7月だったので結構間が空きましたね」

レジー「いろいろとタイミングがね。意外とファンがいるらしいですよこの企画。お待たせしました。久々なのでルールを改めて」

アマゾンを巡回して「1円で買える90年代半ば~後半デビューのさして売れなかった人たち」のCDを3作品発見して回収(送料340円×3枚、総計1023円)→その中身について自分の思い出も交えて話をする

司会者「これまで取り上げたのはこの辺です」

第1回:After me/rough laugh/CURIO
第2回:cool drive makers/ZEPPET STORE/ROBOTS
第3回:SMILE/オセロケッツ/坂本サトル

レジー「こうやって並べるとなんか独特の香りが立ち込めてくる感じがあるな。そう言えば、KEYTALKってバンドあるじゃないですか。何かこの人たちってここで出してるような90sバンド感をうっすら感じるんだよなあ。「ロキノン的邦ロック」みたいな概念が生まれる前のバンドサウンド」



司会者「結構人気あるみたいですね」

レジー「この曲しか知らないけどわりと好きです。というわけで本題に入ると、今回の3枚はこちら」

90s4.jpg

司会者「さらにマイナー感が増してる気が」

レジー「まあここまできたらどれも変わらんよ。早速いきましょう」


『PEPPERLAND ORANGE ~夏の魔法~』/ PEPPERLAND ORANGE





司会者「これ販売価格10円になってますね」

レジー「僕買ったとき1円のあったんですよ。危ない危ない。これ前から取り上げたかったのに対象外になるところだった」

司会者「ペパーランドオレンジは1998年にメジャーデビュー、1999年に活動休止となりました。動画で貼った『夏の魔法』がポカリスエットのCMソングとして使われていました」



レジー「この曲しか知らなかったけど、ほんとに一瞬しか活動してなかったんだ。ちなみにこのアルバムにはセルフライナーノーツが入ってるんだけど、これ読むといろんなこと考えすぎて混乱してる感じがにじみ出てて、活動が長続きしなかった理由も何となくわかった気になってしまう」

司会者「少し引用してみましょう」

凝りに凝ったアルバムを作ろうと思えば、今すぐにでも出来たけれど「果たしてそれで良いのか?」と疑問を持ったのです。
(中略)
俺達が直に「見て、聴いて、触れて、感じたもの」だけを身体に吸収して、消化出来た物だけを「筋の通った俺達のやり方」で吐き出して行こうと思っています。二人で一緒にやっているから、一つの物の「見方、感じ方」が違って当たり前です。だからこそ「二つの個性の幅」を出して行けた方が良いと思っています。
「当たり前」になりたくないし、ちっぽけな概念にも縛られたくない。常に「現在」であり続けながら、みんなと一緒に成長して行きたいと思っています。そして、ペパーランドオレンジはユニットではなくて間違いなく「バンド」です。


レジー「正直なところこれ読んだだけだとどういう文脈でこの文章が出てきてファンの方はどう受け止めたかってのが全く分からないんだけど、いろいろ考えてしまうタイプの人たちだったのかね。今の時代だったらツイッターでこういうこと頻繁に発信して話題になったりしたんだろうか。で、ここで紹介した『夏の魔法』は後藤理沙の可愛さも相まってとても好きな曲でした」

司会者「後藤理沙は翌年のポカリのCMにも出演しています」



レジー「こっちのが有名かもね。センチメンタルバス」

司会者「後藤理沙はASAYANのオーディションにも出てましたね。池脇千鶴が選ばれた三井のリハウスのオーディションでした」

レジー「あれすごい一生懸命見てたんだけど、考えてみたらいわゆるアイドル的なものに初めてときめいたのがあのオーディションだった気がする。男子校ど真ん中の時期でこんなかわいい女の子たちと仲良くなりたいと思いながら見てたわ」

司会者「そんな後藤理沙もいまやAVに出る時代です」

レジー「この記事書くにあたって調べてたら中身のキャプチャが貼ってあるブログとか見つけたんだけど、全くときめかなかった。見た目の変わり様も含めてほんと辛い気持ちになった」

司会者「後藤理沙の話ばかりしてますけど肝心の音の方はどうですか」

レジー「アルバムの1曲目からわりと重めのギターが鳴ってて、想像してたよりもバンド然とした音でした。意図的に曲間が短くなってたり、コーラスワークが何気に凝ってたり、音楽的な企みのあった人たちなんだろうなあと思いました。あとは何となく歌詞が恥ずかしい感じというか、最近ここまでど直球な甘酸っぱいラブソングみたいなの意外とないんじゃないかなあ。『二人乗りの自転車』って曲があるんですけど」



司会者「デビューシングルです」

レジー「ど頭の歌詞が「二人乗りの自転車 急な坂道必死に飛ばした 強くしがみついた君の温もり幸せ感じてた」で、幼馴染の君とラムネを飲んだりふとした横顔に色気を感じたりするんですよ」

司会者「AKBの曲っぽいな」

レジー「そうですね。『二人乗りの自転車』って曲はAKBでもあるみたい」



司会者「アイドル絡みでいうと、ボーカルだった佐久間誠さんはBuono!の『消失点』の編曲などアイドル曲も手掛けてますね」



レジー「この曲は知ってたけどペパーランドオレンジの人が噛んでたは想像つかなかったわ。こういうリンクは嬉しいです」


『PRESENT』/RAZZ MA TAZZ





司会者「続いてはラズマタズです。94年メジャーデビュー、99年に解散しました」

レジー「このバンドはいつ取り上げようかとずっと思ってたんですよね。この企画のゼロ回目的な記事でも触れてるんですけど、もしかしたら「ポストミスチル」的な動きの走りなのかな」

司会者「ここで紹介した『PRESENT』は96年のリリースで、オリコン2位を記録しました」

レジー「ヘイヘイヘイにも出たし売れかけたんだよね」

司会者「以前「象の小規模なラジオ」に出させていただいたときにも言及しましたね」

レジー「そうですね。あの辺のやり取り印象的だったから書き起こしてみます。動画を貼った『Season Train』を流した後のパーソナリティーの皆さんとの会話です」

江戸原「これがまた懐かしい、RAZZ MA TAZZで『Season Train』でした」

レジー「こういう場で改めて聴くとちょっと恥ずかしい気持ちになるのはなんでですかね(笑)」

成川「衒いのないメジャーコード・・・(笑)」

江戸原「『MERRY-GO-ROUND』ではないんですね」




レジー「なんで『Season Train』かというと、これも恥ずかしい話なんですけど高校のとき僕これバンドでコピーしてたんですよ」

一同「(笑)」

レジー「この鼻にかかった歌い方をしてた記憶があります」

江戸原「90年代のバンドの鼻にかかった歌声は何なんですかね。でも当時の音は何か統一感ありますよね」

レジー「この辺はミスチル・スピッツ以降の歌をちゃんと聴かせるロックバンドフォーマットというか」

江戸原「ちょっと世代が下のやなはるに聞いてみましょうか。これ初めて聴きましたか」

やなはる「初めて聴きました。バンド名も初めて知りました」

江戸原「どんな感じでしたか」

やなはる「OLが聴けるロック」

(一同爆笑)

司会者「この「OLロック」って名言ですよね」

レジー「音の特徴を絶妙に表している。あとは帯に時代の空気を感じる文言が」

razz.jpg


司会者「先着10万名」

レジー「今ならこんなこと軽々しくできないよね。10万枚ってもはやヒットの基準だもんねえ。このサイトによると96年は年間チャート100位でも24万枚。隔世の感があります」


『HomeMade』/SweetShop





司会者「今回のラストはスイートショップです。99年にメジャーデビュー、2003年に解散。このアルバムは99年リリースのファーストアルバムです」

レジー「このアルバムも当時の作品の御多分に漏れず、管楽器などのバンド以外のミュージシャンが生音がアサインされています」

司会者「時代を感じます」

レジー「金原千恵子ストリングスとかも参加してるからね」

司会者「プロデュースはスピッツでおなじみの笹路正徳です」

レジー「ずいぶん豪華なメンツですね。で、音なんですが、これまで「ポストミスチル」的な人たちをいくつか出してきたけど、実はこれが一番「ミスチルを意識した」音のように感じました」

司会者「ミスチルの99年というと『DISCOVERY』が出たころですね」

レジー「「ポップで爽やかなミスチル」とはすでにわりと距離感あったし、そこに「ミスチルっぽい音」を当てようって意図があったんだろうか。その辺はよくわからないけど、関わってる人とか最終的なアウトプットとかから見て「90年代ミスチル・スピッツフォロワー歌ものギターバンド」の集大成的な人たちなのかもと思いました」

司会者「そのわりには知名度低いですね」

レジー「だってもう99年ですよ。くるりもナンバーガールも世の中に出て、ライジングサンの1回目が行われた年ですからね。さすがに注目されるのは難しかったんじゃなかろうか」

司会者「「ポップで爽やか」みたいな音だとゆずが売れ始めてましたしね」

レジー「僕もミュージックスクエア以外で名前聞いたことない。でもこの『雨を見てたよ』はすごく印象に残ってるんだよなあ。ラジオ音源録音して何回も聴いたわ」

司会者「ボーカルの近藤さんはバンド解散後ソロとしても活動していて、コンポーザーとしても活躍されています」

レジー「ゆきりんのソロ曲もこの人が書いてるのね」



司会者「他にもAKBやノースリーブス、あとV6とかにも曲提供しているようです」

レジー「最初のペパーランドオレンジもそうだし、以前取り上げた坂本サトルもそうだけど、この辺の人たちはわりとアイドルと接点持ってるんだよね。これはたびたび書いていることですが、アイドルがブームになってたくさん楽曲が必要になると作り手ももちろん必要になってくるわけで、そういうときに「決して売れはしなかったけどメロディメーカーとしてのセンスのある人たち」ってのが日の目を見るわけですよね。この循環は素晴らしいと思う」

司会者「才能の有効活用ですね」

レジー「さすがに最近「アイドルなんて曲も書けなくてクソ」みたいなこと言う人は減ってきてるとは思うけど、そういうことではなくて「結果的にいろいろなミュージシャンが活躍できるプラットフォームとしてのアイドルの存在意義」ってあるよねというのを改めて感じました。この企画は自分としてもいろいろ発見があるので楽しい。というわけで今回はこんな感じで」

司会者「わかりました。次回はどうしますか」

レジー「後ろで走らせてる企画がいくつかあるんですが、もろもろでき次第って感じで。しばしお待ちください」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」
スポンサーサイト

「混ざり合い」の1995 - 速水健朗『1995年』とマキタスポーツ『1995 J-POP』にかこつけて「あの年」を懐かしむ

レジー「最近出た速水健朗さんの『1995年』を読みました」



司会者「1995年の出来事を「政治」「経済」「国際情勢」「テクノロジー」「消費・文化」「事件・メディア」という6つの観点からまとめた1冊です」

レジー「懐かしい話がいっぱいあった」

司会者「14歳の頃ですね」

レジー「リアル中二だったから。いろいろ思い出すね」

司会者「阪神大震災と地下鉄サリン事件があったこの年は社会の転換点になったと言われていますね」

レジー「関東在住だったから阪神大震災については実はそこまでリアリティがないんだけど、地下鉄サリン事件はインパクトありました。僕千葉県から千代田線使って東京の学校に通学してたので、遭遇しててもおかしくなかったんだよね」

司会者「3月だったので学校なかったんですよね」

レジー「うん。試験休みでのんきに遊びに行ってたわ」




司会者「ザウスとか今の若い人知ってるんだろうか」

レジー「ねえ。家からわりと近かったので、試験休みになるとたびたび行ってた気が。オウム真理教ネタは結構夢中になっていろんな情報に触れてたなあ。ホーリーネームとかよく覚えてたよ。で、この本では「消費・文化」の中で音楽についても触れています。目次で該当するところを抜き出しておこう」

大型CDショップと通信カラオケの登場
ドリカムとドライブデートの時代
日用品であるクルマを描くドリカム
ミュージシャンの社会的責任とミスチル
ノーギミックのノベルティソングの時代
アイドル不在の時代
レコード街だった時代の渋谷と渋谷系
王子様だった小沢健二
スキャットマンにマライア、そしてビートルズが新譜


司会者「世代が近い人ならピンときそうなネタが並んでいますね」

レジー「ちなみに90年代ネタはこのブログでもしょっちゅう扱ってますので、「90年代あたりの昔話」っていうカテゴリーから読んでいただけると」

司会者「1995年ネタで言うと、今年マキタスポーツが『1995 J-POP』という曲をリリースしてます。アルバム『推定無罪』の中の1曲です」



レジー「この記事にも書いたんだけど、これほんといい曲なんだよなー。本気で泣けます」

司会者「随所に90年代風の意匠がこらされていますよね」

レジー「歌詞に当時のヒット曲のタイトルとか流行ったものが使われてたり、アレンジも90s感あるなあ。「あの頃僕17歳」のところの後ろの鍵盤の鳴り方とか繰り返すところのキメとか特に」

司会者「途中でいろいろなミュージシャンの名前を叫ぶ箇所がありますね」

レジー「歌詞には載ってないところなんだけどいいよねここ」

JUDY AND MARY
B’z
DREAMS COME TRUE
ウルフルズ
スピッツ
相川七瀬
trf
ブルーハーツは解散したけど
小沢健二は僕らにこう歌ったんだ


司会者「ここから「LIFE is Coming Back!」に続いていくと」



レジー「『ラブリー』も『LIFE』厳密には94年リリースだけど95年のBGMになっていたのは間違いない」

司会者「ここに出ている人たちは95年にたくさんCDを売ってたわけで、年間チャートにも登場しています」

レジー「この年のチャートがシングルアルバムともにあったので見てたんだけど結構衝撃だよね。枚数の桁感が今と全く違う」

司会者「史上2番目にミリオンセラーが多い年とのことです」

レジー「1枚1000円の短冊シングル買いまくってたわ。あと気になったのはミスチルの『Atomic Heart』ね。94年リリースなのにこの年も100万枚売れてるという」

司会者「ミスチルは過去作品もチャートインしています」

レジー「カウントダウンTVの「アルバムに入ってる名曲」みたいな特集で『星になれたら』が取り上げられてた記憶がある。『Kind of Love』は結局96年にミリオンいくんだよね。当時は「ミスチル現象」なんて言葉もあったなあ」

司会者「ミスチル聴いてましたか」

レジー「そりゃあ聴いてましたよ。ただ、今改めて思い出すと僕にとっての95年って「洋楽を聴き始めた年」でしたね」

司会者「ほう」

レジー「「リアル中二病」って感じかね。そもそもは「洋楽くらい聴いとかなきゃ」って思い込みから始まってるから。このブログでもよく書いてるけどこのくらいの時期にスウェディッシュポップブーム喰らってカーディガンズすごい聴いてました」



司会者「どういうきっかけだったんですか」

レジー「これはたぶんJ-WAVEじゃないかなあ。日曜午後のクリスペプラーの番組聴き始めたのこの頃なので。だからこの時期の洋楽の流行ってた曲は結構わかる。あと年間チャートにも入ってるけど、当時はレコード会社ごとの洋楽コンピレーションがいろいろ出始めたころでそのあたりから海外の音楽聴くようになったね」

司会者「『NOW』とか『MAX』とかそういうやつですね」

レジー「いきなり特定アーティストのフルアルバム買うのはハードル高かったからとっかかりとしてすごく良かった。で、この年は海外のシーンもすごかったんだなあというのを感じられるのがBUZZの2001年1月号でやってた「1963年~2000年まで各年度のベストロックアルバムを選定する」という企画に載ってる95年に関する兵庫さんのこの文章」

イギリスは、そのヴァーヴにレディオヘッド『ザ・ベンズ』にPJハーヴェイの3rd(初のソロでもある)にパルプにシャーラタンズ、ポール・ウェラーは『スタンリー・ロード』で復活。エイフェック・ツインは勿論、ケミカル『さらばダスト惑星』にゴールディーにトリッキー、とダンス系も元気なことこの上なし。アメリカはアメリカで、アラニス・モリセットはバカ売れするわ、スマパンの『メロンコリー~』とフー・ファイターズの1stは前年の「90年代ロック最大の不幸」を真っ向から引き受けるわ、グリーン・デイやランシドやオフスプリングはパンクに火をつけるわ---つまり、英米共に共にとんでもないロック当たり年だったのがこの95年なわけだが、イギリスもアメリカもそして日本も、あとアシッドハウスからの流れもUKロック・バンドとしての威信もすべて抱えて頂点に立ったのは、オアシスの2nd『モーニング・グローリー』だった。

司会者「『モーニング・グローリー』は外せないですね」

レジー「間違いなく人生における大事なアルバム何枚かのひとつ。でも何かこのアルバム買ったの96年になってからだったような気がするなあ。まあいいや。あと95年っていわゆる「レジェンド」的な人たちの存在を意識するようになった年でもあるんですよね僕にとっては。ビートルズの『アンソロジー』シリーズが最初に出たのもこの年です」

司会者「新曲として『Free as a Bird』が出ました」



レジー「PVが「ニュースステーション」で初公開だったんじゃないかなあ。日曜日に部活行った帰りに買ったんだと思う。あとWindows95がCMしまくってて、その音楽がストーンズの『Start Me Up』だったんだな。そっかストーンズってこういう音の人たちねと」



司会者「このギターのフレーズは一時期しょっちゅう聴きましたね。日本の音楽についてはどうですか」

レジー「中二病的モチベーションで聴いてたのはソウルセットですね。『黄昏’95』は僕にとってのそういう時代の象徴です」



司会者「こういうのが好きだったんですか」

レジー「正直良さをちゃんと理解できてたのかどうかは疑わしいけどよく聴いてたね。この辺の感じは翌年になるとさらに加速して、サニーデイからはっぴいえんど聴いたり、日本のヒップホップつながりでかせきさいだぁ聴いたりってのにつながっていきます。こう考えると、「これ聴いてる俺かっこいい」から音楽に入っていくのは必ずしも悪いことではないなあと思いますよ」

司会者「チャート周りでいうとどうですかね」

レジー「この年で一番聴いたのはたぶんスピッツの『ハチミツ』だと思います」

司会者「『ロビンソン』が売れてブレイクしたのが95年ですね」

レジー「旧譜借りてきてカセットテープに落としてたよ。あとジュディマリが『Over Drive』で売れた年でもあるけど、僕はその後に出たアルバムの『MIRACLE DIVING』でがっつりはまりました。それからラルクか」

司会者「先日のTHE NOVEMBERS小林さんのインタビューでもそんな話をしてましたね」

レジー「この年に出た『heavenly』はほんと完成度高いと思うわ」

司会者「この辺に出てくる名前は今のシーンと地続きな感じがありますね」

レジー「そうね。ちょっと違う流れでいうと、僕小学生のころからチャゲアスが大好きだったんですよ。95年当時もよく聴いてました。で、この年の元旦にASKAがソロで出した『晴天を誉めるなら夕暮れを待て』って曲が大好きでした」

司会者「これはKANと共演してるバージョンをぜひ聴いていただきたいですね」



レジー「これすごいよね。なんか悟空とベジータの戦いみたいな迫力がある。この曲はいまだにカラオケ行くと歌ったりします」

司会者「「スピッツやジュディマリが売れ始めた95年」というと今とつながってる感じがしますが、「チャゲアスがまだ売れてた95年」というと急に前時代感が出るのは何でですかね」

レジー「いわゆる「昔からの歌謡曲」と呼ばれるであろうものと「現代のJ-POP」的なものが混ざり合ってた時代なのかなあとか思うよね。そういう流れで考えると、オザケンが筒美京平を引っ張り出してきたのもすごく納得感があるというか。『強い気持ち・強い愛』は今聴いても素晴らしいなあ」



司会者「この動画はヘイヘイヘイですかね」

レジー「うん。なんか当時の空気がパッケージされてる感じで良い。で、このまままとめに入っていきたいんですが、日本の社会において転換点となった1995年は音楽シーンにとってどういう意味のある年だったのかってところなんですけど」

司会者「はい」

レジー「さっき「混ざり合ってた時代」って言ったけど、今から振り返るといろいろなものの「前史」って位置づけるのがいいのかなあと思います。産業としてピークを迎えるのは98年だし」

司会者「フジロックもまだ始まってないですしね」

レジー「うん。アルバムチャートの上位5つがドリカム、trf、松任谷由美、ZARD、大黒摩季ってのを見ても「今と同じ流れ」として見るのは無理があるのかなと。ただ、スピッツやジュディマリ、あとウルフルズとかイエモンとか、その後のシーンの中心になっていく人たちが出てきているという側面もあるわけで。ある一つの大きな流れが最後の輝きを見せていて、その傍らで次の大きな流れになりそうなものが勃興している、というタイミングだったのかなと」

司会者「当時はそういうものが同じ場所に併存してる感じが面白かったですね」

レジー「うん。以前こんなツイートしたんですが」




司会者「ヘイヘイヘイの最終回ですね」

レジー「まさに混ざり合ってたんだよね。で、その象徴としてスノッブなシーンから登場しながらなぜかお茶の間の王子様になった小沢健二という人がいた。オザケンはほんとはヘイヘイヘイの最終回には出るべきだったと思う」

司会者「ヘイヘイヘイについては1年ほど前に書いたこちらの記事もあわせてご確認いただけると」

レジー「当時ってまだネットも全然普及してなかったし、そういう意味で文化としての「ムラ」みたいなものが可視化されづらい状況ではあったよね。それゆえにいろんなものがごちゃ混ぜになってる面白さってのがあったんじゃないかなと振り返ってみて思いました。しかし今回昔話満載でお送りしましたが、ある年をピンポイントで見直すのって楽しいね。いろんな人の1995年話聞いてみたいです。速水さんの本はこの時代をいろんな角度から見直せるので面白いし、単純に雑学としてもネタになることがいっぱい書いてあるのでお勧めです。最後にこの本の感想で一番グッと来たツイートを紹介して終わりたいと思います」




司会者「インテリのガール」

レジー「僕もインテリのガールと合コンしたいですね。というわけで今回はこんな感じで」

司会者「では次回はどうしますか」

レジー「年間ベストの前哨戦的な企画をやろうかと思っております」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

日本にはミッシェルガンエレファントというロックバンドがいました -1998と2003の夏に関する個人的回想

司会者「明日7月22日はミッシェルガンエレファントのギタリストだったアベフトシの命日です」

レジー「2009年のことだからもう4年経ったのか。早いね」

司会者「あっという間ですね」

レジー「個人的にはその間に転職もしてブログも始めて、その他いろいろと激動の4年間だったと思います」

司会者「地震もありましたしね」

レジー「そうそう。社会的にも位相が変わってるよね。で、こういうタイミングで改めてミッシェルのことを考えるのもいいかなと思うので、今日はそんな話をしようかと」

司会者「わかりました」

レジー「てかああいうギタリストってあんまりいないよね。あんなにかっこよくカッティングする人少なくとも日本にはいないんじゃないか」

司会者「マシンガンみたいですよね」

レジー「『バードメン』初めて聴いたときに随所で入ってくるカッティングにすごい興奮した記憶がある」



司会者「今聴いてもかっこいいですね」

レジー「やばい」

司会者「ミッシェルとはどんな感じで関わってたんですか」

レジー「自分にとって超重要バンドなんですが、最初に言ってしまうと実は後半の数年、ゼロ年代に入るくらいからはそこまでヘビーなリスナーではないんですよね」

司会者「そうなんですか」

レジー「これは単純に自分の環境の問題で、大学入ってその手の音楽聴く友人が周りから減ってちょっと距離感ができちゃったって話で」

司会者「なるほど。ライブには行ってたんですか」

レジー「これも実は2回だけです。前も書いたけど、当時は前代未聞だった横浜アリーナのオールスタンディングライブも金がないとかで行ってないんだよね。ほんとにもったいないことをした。でもその2回ってのにものすごいインパクトを受けました」

司会者「初めて見たのは97年のスイートラブシャワーですね。ゴールデンウィークに野音で行われました」

レジー「以前この記事でも書いたんだけど、前座がマグースイムで、フラカン、Cocco、ホフディラン、サニーデイ、山崎まさよし、ミッシェルが一堂に会するっていうなかなかのイベントだったんですよ。特に見たかったのはサニーデイとまさよしでした」

司会者「ミッシェルはどうでしたか」

レジー「いやー、すさまじかったですよ。ミッシェルはこのライブの前の年に出た『世界の終わり』がほんと衝撃的で。あんまりああいう音聴いたことなかったんだよね。轟音なんだけどメロディからは切なさが感じられて、ちゃんと「うた」としても成立してるっていう。どっちかしかないと思ってたから」



司会者「ミスチルとかスピッツとかその辺メインで聴いてた時代ですもんね」

レジー「うん。で、ライブで見たらまさにそんな「轟音だけどメロディアスな世界」ってのが展開されてて。あれはかっこよかった。初めての夜の野音っていう雰囲気も相まってとても興奮しました」

司会者「ちなみにイベントの司会がブレイク前のユースケサンタマリアとリサスティッグマイヤーでしたね」

レジー「ユースケ面白かったなー。トリがミッシェルだったんだけど、セッティング中に出てきて喋ってる時に「いよいよ最後のアーティストですね!次に出てくるのは・・・ルナシー!!」って言ってたのがすごく印象的でした」

司会者「売れる前から面白かったんですね」

レジー「ね。で、2回目に見たのが翌年のフジロック。前年の2日目中止を受けて、豊洲で行われた年です」

司会者「暑かったですね」

レジー「暑かった。当時高2だったけど、周り大人の人ばっかりで紛れ込んじゃった感が半端なかった」

司会者「この話は以前Lifeでメール読まれたりもしました

レジー「で、ミッシェルは2日目のたぶん2つ目のアクトかな。太陽が高いところから照ってる時間に出てきて。有名な話ですけど途中で中断があって、っていうほんとに伝説的なステージで」

司会者「YouTubeにフルであるみたいですね」

レジー「これ知らなかった。いい時代だよねほんと。5つに分割されてるみたいなんだけど、とりあえず最初2つはぜひとも見てほしいです。そして続きも見てみてください」





司会者「いろいろと凄まじいですよね」

レジー「今でも覚えてますよ。ほんともみくちゃになって、終わった後はもう脱水症状みたいな感じだった。夕方まで再起不能になってた記憶が」

司会者「この年の11月に『ギヤ・ブルーズ』が発売になります」



レジー「考えてみたらこれもすぐには買ってないなあ。友達に借りた記憶が」

司会者「さっきの横浜アリーナも含めてどんだけお金ないんですか」

レジー「なんだったんだろう僕の高2の秋から冬にかけて。お金じゃない理由で何かあるとすると、僕この時期わりと内省的な気分で、ベルセバばっかり聴いてたんですよ確か」





司会者「あー」

レジー「ちょっとモードが変わってたんだよね。とは言いつつ、このアルバムはそんなこと関係なく頭ぶち抜かれた感じで。ちょうどリリース直前に、フジテレビの『FACTORY』でミッシェルのライブやってたんですよ」

司会者「アルバム曲も大体演奏してましね」

レジー「これ録画して、文字通りテープが擦り切れるまで見た」

司会者「このライブも動画ありますのでぜひ」

レジー「この『アッシュ』って曲が超好きでね」



司会者「コピーしてましたねバンドで」

レジー「あーやったやった。軽音部引退した後に暇な人で集まってちょっとやったんだ。人前ではやってないけど」

司会者「ミッシェルのコピーバンドは他にいくつかありましたね」

レジー「ミッシェル、ブランキー、ハイスタあたりやってたバンドはかっこよかったなあ。ライブも盛り上がってたし。僕がやってたのはミスチルとかイエモンみたいなJ-POPとオアシスとかローゼズあたりのUKものだったりであんまり盛り上がらなかったね」

司会者「その怨念があって、卒業時のライブではハイスタとかをコピーしたと」

レジー「別に怨念じゃないけどね。まあその話はいいですよ。とにかく高校生の時にミッシェルと出会ってフジロックと『ギヤ・ブルーズ』をリアルタイムで体験したってのは自分にとって結構でかいですわ。で、そんなこと言いつつ大学入ったらミッシェルとの距離がちょっと遠くなってしまって、というのは冒頭にちょっと書いた通り。作品自体は一応追ってたけど、リリースが空いた時期もあったし」

司会者「そんな距離感の間に結局解散してしまうんですよね」

レジー「うん。あれ2003年だよね。大学4年生の頃。家で昼寝してたら97年のスイートラブシャワーに一緒に行った友人から珍しくメールが来て、何だろうと思ったらミッシェル解散するってことが書いてあって。何か血の気が引いてく感じがしたの覚えてる」

司会者「2003年と言えば、6月終わりのMステでt.A.T.uのかわりにミッシェルが演奏するということもありました。これも以前Mステについて書いたエントリで軽く触れてますが」

レジー「ちょうどこの前タモリがいいともの増刊号でこの話をしてたんですよ」

司会者「なんかt.A.T.uのネタに絡めてでしたね」

レジー「うん。あの日の裏話みたいなことを喋ってたので書き起こしてみました」

あのときはほんとね、なんかADが来て騒いでるんだよ。何騒いでるのかなと思ってプロデューサー呼んで聞いたら、「タトゥーが部屋から出てこないんです」。「あっそう、まあ本番始まったばっかりだし出てくるでしょ」と返したけど、またしばらくして「まだ出てこないんです」。「呼んでるんだろ?」「呼んでるんですけど出てこないんです」。で、どんどん出てこなくて。内心すごく面白くなってきて、むしろ「出てくるな、出てくるな」と思っちゃって(笑)。で、またプロデューサーが来たので「どうした?」「出てきません」。で、コマーシャルの後タトゥーだったんだけどコマーシャル中にも出てこなくて、「おー出てこないなー」と(笑←すごく嬉しそうな感じで)。で、解散しちゃったんだけどミッシェルガンエレファントってバンドがいて、あれがロックで生でやってたんで、「ねえ、あと一曲くらいできるよね」「あ、できますけど?」「一曲やろうよ、一曲!」。それで、急遽コマーシャル明けに「タトゥーが出てこないのでミッシェルガンエレファントがもう一曲やります」って。

司会者「へー」

レジー「もうこれ意外と知られてないのかな?このとき出てたさっしーが「ほんとに「タトゥーは出てきません」って言ったんですか?」とか聞いてたから」

司会者「まあ世代も違うし関与がなければ知らないでしょうね」

レジー「こういう形でタモさんが語り継いでってくれるのは嬉しいですね。ほんと日本の音楽シーンの生き証人の一人ですよ」

司会者「最近『タモリ論』なんて本が出ました」



レジー「この前柴さんが書評書いてたね。とりあえず買ってまだ読んでないんですが早く読みたい。で、この動画ってYouTubeにあがったり消されたりを繰り返してると思うんですが、今またあがってるみたいなのでご紹介します」



司会者「これある意味完全版じゃないですか」

レジー「スタジオのばたばたした感じとか、ミッシェルやってるときの異様な雰囲気とか、ほんといろいろ蘇ってくるな。当時一人暮らししてて、今日はミッシェル出るなーと思って家で普通に見てたんだよね。そしたら番組が進むにつれてこういう感じになっていって。何か今自分はただ事じゃないものを見ているな、っていう興奮がすごかった」

司会者「当時はツイッターもないしシェアできないですしね」

レジー「うん。彼女にメールくらいはした気がするけど、とにかく一人でなんか体の中に渦巻いてるものを感じてるだけだったなあ」

司会者「今となっては何とでも言えちゃいますけど、こういう場面に立ち会ってしまうということ自体「持ってる」という言葉を使うしかないですよね」

レジー「ほんとそうね。だって全てのバンドがこのシチュエーションでぱっと対応できるかって言ったらそんなことない気がするんですよね」

司会者「そんなもんですかねえ」

レジー「いや、たぶんあのバンドとかあのバンドじゃ無理でしょ」

司会者「そこはちょっとコメントは差し控えておきます。この放送のダイジェストはMステの名場面的な特集だとたまに流れますね」

レジー「そうですね。以前TOKIOが出てた回にこれが流れてて、VTR終わり際に国分太一が「かっこいいーーー!!」って思わず声をあげてたのが印象深い」

司会者「そりゃかっこいいですよね。ぼちぼちまとめに入りたいんですがどうしましょうか」

レジー「そうですね。日本のロックについて何かしら考えるうえでミッシェルのことを外すことはできないと思うんだけど、わかりやすいフォロワーがすぐにたくさん出てきたわけじゃないから意外と見過ごされることもある気がします」

司会者「それこそ最近はDJブースでミッシェルの曲かかっても盛り上がらなかったりしますしね」

レジー「はい。まあでも最近になって、っていうよりゼロ年代以降の一つの流れとしてかな、ガレージっぽい音のバンド外国でもたくさんあるけど、今から10年以上前に日本にこういうバンドがあってしかもそれが多くの人から支持されてたってのはほんとにすごいことだと思うんですよ。ストライプス見た時に要はミッシェルねって思ったんだけどこの見方は乱暴なんだろうか」



司会者「なるほど」

レジー「そういう音楽的な部分と、あとはミッシェルがいた時代のエネルギーというかね。今回いろいろ動画見て改めて思ったんだけど、やっぱり何か「日本のロック」ってものの胎動というか、何かが生まれようとしているパワーみたいなものがすごいあったと思うんだよね。自分が単に通過しているからってだけかもしれないけど、何かざわざわする感じが」

司会者「ダイノジの大谷さんもたびたびその辺の話はされてますよね」

レジー「以前も紹介しましたが改めて。初出はこちらのブログです」

何より。

”ミッシェルガンエレファント”ショック経験してますからね。

あれが70万枚売れた時代を見てますから。

イギリスみたいなチャートになるんじゃないかと思ってワクワクしたんですから。

ロックフェスがこの国で始まるときのあのドキドキ感を体感してますから。


司会者「ここで言われている「ワクワク・ドキドキ」は間違いなくありましたよね」

レジー「うん。この時代に高校生だったってのはラッキー以外の何物でもない。で、以前はこういう話をすると「じゃあそれ体験できなかった人はどうしようもないじゃん、おっさん乙」みたいな感じで終わっちゃったと思うんだけど、今は今日紹介したような動画を見ることで充分追体験できると思うんだよね」

司会者「繰り返しになりますがいい時代ですね」

レジー「ほんとそうだよね。そりゃ権利の問題とかいろいろあるとは思うけど、こういうのは公共財というか教科書みたいなもんだと思うのでこの先も削除されずに残ればいいなあと。今日貼った動画はぜひぜひ見てみてください」

司会者「わかりました。では今回はこんな感じで。次回はどうしますか」

レジー「ぼちぼちTIFとひたちなかが近づいてきたからその辺の話をするかもしれません。ちょっと考えます」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

【第3回】あの1023円で何が買えたか? -もはや誰も顧みない90sJ-POPを勝手に供養する-

司会者「7月ということで上半期ベスト的なブログ記事やツイートが多数出てますね」

レジー「ね。僕自身は聴き漏れ多いと思うので、去年みたいに年末にまとめてやる予定です

司会者「何か印象に残ってる作品はありますか」

レジー「そうねえ。なんかあんまりみんな言ってないと思うんだけど、秦基博の『Signed POP』超いいよ」





司会者「今年の1月に出たアルバムです」

レジー「この人もあんまりいろんなジャーナリズムの俎上に乗らない感じあるよね。ユニゾン問題と同じものを感じる。あと今年の上期の自分的に大きなことで言うと、いわゆるインディーシーンと呼ばれるようなところに首突っ込み始めたことかしら」

司会者「先日のインディーファンクラブにも行きましたね」

レジー「うん。なつやすみバンドが最高すぎた。まあこの人たちは去年のアルバムも聴いてたから今年出会ったわけじゃないけど」

司会者「新曲も良いですよね」



レジー「これねえ。この前もやってたけど最高でしょ。それで言うと同じくインディーファンクラブで見た嫁入りランドとプロポーズのこの曲も超良かった」



司会者「この界隈は掘り始めるとキリがないですね」

レジー「そうなんだよね。こっち系は詳しい人のおすすめを待ちたい。で、そんな詳しい人の筆頭でもあるオギワラさんが以前レコメンドしていたホシナトオルさんのアルバムを上期はよく聴きました」







司会者「バンドキャンプからフリーでダウンロードできます」

レジー「これ皆さん聴いた方がいいですよ。オギワラさんも書いてるけどスピッツとかくるりとか、あとはサニーデイとかもそうかもだけど、それ系の日本語でメロディー大事にしながらロックをやってる人たちが好きな人は特に。個人的には3曲目の『ゼロフリー』と9曲目の『寝ても覚めても』が好きです」





司会者「そんなホシナさんですが弊ブログを読んでくださってるとのこと」

レジー「ありがとうございます。世代もほぼ同じなので一度ちゃんとお話ししてみたいです。で、以前「あの1023円で何が買えたか-もはや誰も顧みない90sJ-POPを勝手に供養する-」の2回目をアップした際にこんな反応をいただきまして」




司会者「オセロケッツね」

レジー「というわけで、今回の本題はこのシリーズの第3回です。企画の趣旨を改めて確認しておくと、アマゾンを巡回して「1円で買える90年代半ば~後半デビューのさして売れなかった人たち」のCDを3作品発見して回収(送料340円×3枚、総計1023円)→その中身について自分の思い出も交えて話をする、というものです。今回はホシナさんのご意見を参考にこの3枚でやります」

90s33.jpg


司会者「これは」

レジー「この組み合わせでなるほど!と思う方はなかなかのJ-POPマニア、もしくはこのブログの超ヘビーリーダーですね。それでは早速行ってみましょう」


オセロケッツ『MADE IN STUDIO』





司会者「まずはそのオセロケッツからですね。97年にメジャーデビュー、このアルバムは99年リリースの2作目です」

レジー「なんかまだ活動してるのかな」

司会者「一応「解散」という記述はwikiにはなかったですね。公式サイトは昨年のライブ告知で止まってますが」

レジー「この人らも例によってミュージックスクエアで知ったんだと思う」

司会者「結構タイアップとったりしてましたよね」

レジー「車のCMソングとかやってた気がする」

司会者「『ミリオンボーイ』ですね」



レジー「「ミリオン」ってねえ。大して売れてないのに」

司会者「ミリオンセラー時代における皮肉というか自虐というか」

レジー「そういう観点で見ると、何かすごい皮肉っぽいバンドだったんだね。このアルバムタイトルもふざけてるし、同じように『THIS IS VIDEO』っていう作品も出してるみたいだし。冒頭に紹介した『恋愛』も、ラブソング全盛時代に対するメッセージにもなってるような気もするなあ」

私もテレビでは 恋愛モンなんかみて
取り残されないように メモをとってる

誰かを好きにならなくちゃ
誰かに好きって言わなくちゃ
あせりの中もがいて

誰かを好きになりたくて
本当は好きになれなくて
でも一人がいちばんイヤなの

司会者「今のSNS時代を予見しているかのような」

レジー「ね。なんか愉快犯というか。基本的にはボーカルの森山さんがほとんどの作詞作曲を手掛けてるんだけど、この人も氣志團の翔やんとか竹中直人みたいな「才能ありすぎて恥ずかしいからふざけちゃうタイプの人」なのかなあと」

司会者「音そのものはいかがでしたか」

レジー「一番の感想は、意外とストリングスが入ってない!ってことですかね。以前も指摘しましたがこの時代のバンドものってとりあえずいろんな音かぶせとけって風潮が結構あったと思うんだけど、オセロケッツはバンドサウンド主体で一貫してるね。90年代のUKのシーン、ブリットポップとか言われてたあたりのギターバンドをイメージしてたんじゃないかなと思います」


SMILE『SMILE-GO-ROUND』





司会者「続いてはスマイルです。95年メジャーデビュー、同年に出した1枚目のアルバムですね」

レジー「たぶんこの企画を始めた時にかなり多くの人が思い浮かべたバンドの一つなんじゃないかと」

司会者「「ポストミスチル」的な人たちの最右翼という感じの位置づけでしたね」

レジー「Mステにも出たね確か。『明日の行方』は学校でも流行ってたなあ。今聴いてもいい歌。今30歳越えくらいのJ-POP好きの隠れアンセムだと思いますよ」

司会者「Mステ動画がありました」



レジー「おお。素晴らしい」

司会者「ちなみにこのアルバムのジャケットはオアシスを意識していたそうですね。wiki情報ですが」

レジー「これね」

definitely.jpg


司会者「シチュエーションは同じですね」

レジー「まあ確かにって感じではある。でも音はオアシスっていうよりもミスチルですよね」

司会者「なるほど」

レジー「これリリース95年でしょ、なんかちょうど1年前に出た『Atomic Heart』っぽいところが随所にある。具体的に言うと、あのアルバムで『ラブコネクション』と『クラスメイト』が同居してる感じというか。そういう振れ幅を見せておくってのが一つの常套手段だったのかなあ」

司会者「スマイルは2000年末に活動を休止、その後浅田さんはソロ活動やプロデュース活動を行っています」

レジー「最近のソロ音源初めて聴いたけど変わらないよねいい意味で

司会者「あとは高橋優のプロデュースなども行っています」

レジー「恥ずかしながらこれ全然知らなかった」

司会者「『福笑い』のアレンジも浅田さんですね」



レジー「これわかったときはあーこの記事書いて良かった!と思った。そりゃこの曲好きなわけだわ」


坂本サトル『終わらない歌』





司会者「最後は坂本サトルです。91年にジガーズサンというバンドでデビュー、その後98年からソロ活動を始めています。このアルバムは2000年3月にリリースされたソロとしてのファーストアルバムです」

レジー「いろんなところで地道に弾き語りライブやってじわじわ評判を呼んで、それをテレビが取り上げて、そこから再メジャーデビューと。なんか草の根で広がる感じというか、トップダウンじゃなくてボトムアップで広がっていった感じが90年代後半の話だけど今時っぽいですね。森山直太朗の『さくら』のプロモーションもこの人のやり方を意識してたんじゃないかなーとか思った」

司会者「再び注目されるきっかけとなったのが冒頭で紹介した『天使達の歌』です」

レジー「これは『うたばん』ですね。僕最初に見たのはMステだった気がする。弾き語り感動した。でもねえ、このアルバムに入ってるのはなんと弾き語りバージョンではない」

司会者「そうなんですか」

レジー「これはがっかりしてしまいましたよ。いや、ここに入ってるバンドアレンジの方も民生の『The STANDARD』みたいな骨太なかっこよさがあっていいんですけど。とにかく弾き語りの印象が強かったからちょっと拍子抜けでした」

司会者「アルバム全体も、弾き語りシンガーという感じではなくてバンドサウンドが中心になってますね」

レジー「そもそもがバンドでやってた人だし、弾き語りはあくまでも手段としてって感じだったのかな。でもその後弾き語りライブアルバムとか出してるんだよね。そっちも聴いてみようかしら。あとこの方は小田和正作品にも関わってるそうで」

司会者「『キラキラ』にコーラスで参加してます」

レジー「意外なつながりがあるんだねえ。あと絶対外せないのは、ここ数年のアイドルシーンにおける超重要曲、ドロシーリトルハッピーの『デモサヨナラ』を作ってるんですよね」



司会者「ドロシーは坂本サトルプロデュースで彼のレーベルからデビューしてます」

レジー「やっぱり才能があったんだよなあ。で、このまままとめに入っていきたいんですけど」

司会者「はい」

レジー「ドロシーも高橋優もそうだけど、今の時代にそれなりに存在意義を持ってる人たちの後ろを「音楽業界全盛時代に活動してたけど、メインステージには上がらなかった人たち」が支えてるっていうのは僕としてはほんとうに感慨深いことですね」

司会者「彼らのやってたことは間違いじゃなかったんだ、みたいな気持ちになりますね」

レジー「うん。以前このブログで「結局この辺のシーンの人たちって日本の音楽シーンには何の影響も与えてないよね」みたいなことを書いたんだけど、これは見識違いも甚だしかった」

司会者「全然そんなことないですね」

レジー「90年代って音楽業界がバブルで、「だからこそ引っ張り上げられた才能」と「だからこそ引っ張り上げられなかった才能」がそれぞれあったんだよねきっと。で、後者の人たちが、10年くらい経ってちょっと違う立場からその才能を発揮していると。とても喜ばしいことです」

司会者「なるほど。とは言え、プレーヤーとしても前に出てきてほしいですよねえ」

レジー「そうなんだよね。で、ここから今回この3枚を取り上げた理由ってことになるんですけど。今日紹介したオセロケッツの森山公一、スマイルの浅田信一、坂本サトル、この3人で浅森坂というユニットを組んでるんですよ。これは以前も一度紹介しましたね」



司会者「これ超名曲ですよね」

レジー「やばいよねこれ。そしてPVでふざけちゃう感じがなんとも90年代っぽい。07年にこの曲が入ったアルバムが出てるんだけどタワレコで試聴して即買いしたわ。改めてCDの帯を見たら結構大仰なことが書いてあったので一部抜粋します」



初のレコーディング作品となる今作も全ての曲を完全共作。それぞれのファンが最も喜ぶであろう、3人のキャリアの最高級のメロディと詞が凝縮された歌心たっぷりの心温まる作品。CSNY、ニールヤング&クレイジーホース、バーズ、R.E.M、ティーンエイジファンクラブ、マシュースイート、ゴールデンスモッグなどを想起させる、アコースティックな、そしてエレクトリックな響きとうた、コーラスワークを大切にした、骨太で、雄大で、繊細で、そしてノスタルジックでありながら未来をしっかりと見据えたロックアルバム。1+1+1=??? 奇跡の化学反応。

司会者「力入ってる」

レジー「いや、でもほんとこのアルバム傑作なんだよ。ここにいろんなアーティストの名前出てるけど、ピンときた人は聴いてもらいたいですね。知らなかったんだけどゴールデンスモッグとか確かに近い」



司会者「なるほど」

レジー「浅森坂は一回見てみたかったんだけど、もうライブやらないんだろうなあこの3人で。まあでもこのアルバムはこの先も聴き続けるだろうし、こういう作品を残してくれただけでもと思わないとね。というわけで今回はこんな感じで」

司会者「わかりました。この企画も3回目を迎えましたがやってていかがですか」

レジー「いろいろ発見があるよねやっぱり。「縦」の視点で物事を見るってのは重要なんだなあと改めて感じますわ」

司会者「また然るべきタイミングでやりたいですね。では次回はどうしますか」

レジー「んー、そうね、ちょっと考えるので未定で」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

【第2回】あの1023円で何が買えたか? -もはや誰も顧みない90sJ-POPを勝手に供養する-

司会者「先日アップした「あの1023円で何が買えたか? -もはや誰も顧みない90sJ-POPを勝手に供養する-」ですが、予想に反して結構拡散されました」

レジー「意外だったね。スムースエースのときみたいに読み手置いてきぼり記事になると思ってたのに」

司会者「「ミュージックスクエア聴いてたなー」みたいな声もわりとありました」

レジー「ね。以前「文化系トークラジオLife」で「文化的初体験」に関する回があって、自分と同世代として出演してた方がアニメ系の話ばっかりでミュージックスクエア出さないの超不満、って話を去年ブログに書いたんですけど。共感してもらえる方が多くてよかったです。せっかくなので好意的な反響を紹介しようかな。まずは同世代と思しき方々」










司会者「特定層にはたまらないチョイスだったみたいですね」

レジー「続いてこんな感じのご意見」







司会者「こういう反応は嬉しいですね」

レジー「これきっかけでいろいろ聴く範囲を広げてみてください。ちなみに今回一番うれしかった反応がこれ。ブコメであったんですけど」

おしゃれな名盤解放同盟みたいで応援したい。

司会者「おお」

レジー「幻の名盤解放同盟、モットーは「すべての音源は平等にターンテーブル上で再生される権利を持つ」。じゃあ僕が今やってるのは「すべての音源は平等にiTunesライブラリに登録される権利を持つ」って感じですかね。ちょっとこれ今後掲げていこうかな」

司会者「ちなみにこんなのもありましたね」

せっかくなので、CDだけではなくて今も活動しているバンドのライブのレポとかもしてください!

レジー「これはなかなかお金と時間が」

司会者「キリなくなっちゃいますからね」

レジー「誰か協賛してくれないかな」

司会者「さすがに無理じゃないですか」

レジー「皆さんがアマゾンで何か買い物する前に貼ってるリンクを軽く踏んでくれるだけでこの企画が実現できるかもしれないのに」

司会者「乞食発言はやめてください」

レジー「失礼しました。まあなんかいろいろ反響あって良かったです。シリーズっぽく始めたのに無反応だったら悲しいからねえ。というわけで、今回は第2回目です」

司会者「改めて趣旨を説明しておきましょう」

・アマゾンを巡回して、「1円で買える90年代半ば~後半デビューのさして売れなかった人たち」のCDを3作品発見して回収
・費用は1,023円(→(CD1円+送料340円)×3枚)
・その中身について自分の思い出も交えて話をする


レジー「今回の3枚はこちら」

90s22.jpg

司会者「これ知名度はどうなんですかね」

レジー「結構「○○取り上げてほしい!」みたいなツイートも見たんだけど、それ参考にした部分もあります。では早速いきましょう」

cool drive makers『DRIVE HOME』







司会者「まず最初はクールドライブメーカーズです。96年に結成されて、98年にメジャーデビュー。これは99年のアルバムです」

レジー「これは昔持ってて、以前の引っ越しでCD処分したときにユニオンに売って、今回買い戻しました。僕これ結構隠れた名盤だと思うんですよね」

司会者「かなりバラエティに富んでますよね」

レジー「ファンキーな曲とバラードをそれぞれ貼ったんですけど、その他にもいろんなタイプの曲が入ってます」

司会者「曲によってはメジャーデビュー前のPE’Zのメンバーがホーンで参加してたりと何気に豪華です」

レジー「知らなかった。なんか事務所が一緒みたいだね」

司会者「あと今回紹介した『Call My Name』は王様のブランチのタイアップがついてたみたいです」

レジー「他にもミスドのCMソングもやってたりとか、結構お膳立てされてたのに売れなかったなあ。そういや僕高校生の頃この人たちのラジオ聴いてましたよ。スガシカオとかと並んでレギュラー持ってたんですよ」

司会者「J-WAVEの「Across The View」ですね。出演者見ると結構な顔ぶれが並んでます」

レジー「この人らがやってたのは99年夏から翌年春までだから、ちょうど受験勉強で夜机にいることが多かった時期か。だから印象に残ってるのか」

司会者「スタジオでの生ライブ企画とかありましたね」

レジー「うん。MDに録音して結構聴いたなあ。確かその週はトライセラ、ブリグリ、クールドライブメーカーズ、スガシカオと毎日生ライブをやってて。超楽しかった」

司会者「金曜日はMISIAがやってたみたいですが」

レジー「全然聞いたことないんだけどたぶんその日は塾行ってたんだと思う」

司会者「なるほど」

レジー「このアルバム聴くと当時期待されてたのもわかる感じがします。ライブは見たことなかったけど、たぶん演奏もうまかったんじゃないかな。歌も聴きごたえあるし。ファンクとかソウルがベースになってるこういう横ノリの音って日本のシーンだと今でも貴重だよね。僕アルフレッドビーチサンダル初めて聴いたとき、久々にこのバンド思い出したんですよ」



司会者「最近の東京のインディーズシーンとの親和性もあると」

レジー「そういうの聴いてる人も気に入ると思います」

司会者「クールドライブメーカーズは改名をしたのち2005年に活動休止、ボーカルのネモはネモトラボルタ名義で活動を続けています」



レジー「全然追えてなかったんだけど今こんな音なのね。でも個人的にはクールドライブメーカーズ時代の路線の方が好きだなあ」


ZEPPET STORE『CUE』





司会者「続いてはゼペットストアです」

レジー「これは前回記事読んでいただいた方からのリクエストが比較的多かった気がします」

司会者「96年にメジャーデビュー、これは97年のアルバムです」

レジー「X JAPANのhideに見出されたとか先にアメリカでアルバムをリリースしたとか、鳴り物入りで出てきた感じはありましたね。このアルバムは確か学校で友達に借りた記憶があります」

司会者「hideが死んだときに結構テレビに出てましたね」

レジー「確か『LOOP』を歌ってたよね。このアルバムには入ってない曲だけど。なんかすごい印象に残ってる。てかPVにすごい時代を感じるな」



司会者「前回のこの企画で「バンドものにストリングスもホーンもガンガン重ねるのがこの時代の特徴」って話をしましたが、ゼペットに関してはそういう傾向は見られないですね」

レジー「うん。この辺はhideが関わってた部分が関係あるのかもね。あんまり加工せずに真っ向勝負でロックバンドとしてやっていこうっていう方針だったのかもしれない。そういう意味では今の「邦ロック」と呼ばれる人たちと比較的近いし、ちょっと出てくる時代が早かったのかもしれないですね」

司会者「ゼペットは2005年に解散しましたが、震災を機に再結成しています」



レジー「これ全然知らなかったわ。ちゃんと露出したら若い人も結構聴いてくれそうな音だなあと思いました。ライジングにも出るみたいですね」


ROBOTS『GUITAR DE POP』





司会者「3枚目はロボッツです。ジュディマリのギタリスト、TAKUYAのソロとしての最初のアルバムですね」

レジー「僕あんまりちゃんと把握してないんだけど、ジュディマリに入る前からこの名義でやってたんだよね?紹介した『コイビト』って曲がすごい好きでした」

司会者「リリース時期は97年11月です。ジュディマリ絶頂期のころですね。『THE POWER SOURCE』が出てスタジアムツアーもやって、という」

レジー「なんかこういうバンドとして上げ潮のタイミングでソロが出るってのが何とも言えないよね」

司会者「ジュディマリ関連ならとりあえず出しとけみたいな感じだったんですかね」

レジー「でもこれあんま売れなかったよね確か」

司会者「歌番組には結構出てたと思いますがそんなに話題にはならなかったですね」

レジー「ジュディマリの話をしだすとたぶんそれだけでエントリーいくつかやる感じになると思うのであんまりそっち入りたくないんだけど、まあなんかこのアルバムの話をするにはTAKUYAとジュディマリの関係についてある程度は触れざるを得ないなあと思いました。アルバムとしては初めて聴いたんだけど、音の世界観はすごくジュディマリに近いんだよねこれ。確かロボッツってこの後もっとロック色が強くなっていくイメージがあるんだけど」

司会者「黒夢の人時が参加したりしてましたよね」

レジー「うん。でもこのアルバムはタイトル通り「ポップ」とか「カラフル」とかそういう印象が強い。この時期のジュディマリってTAKUYAと恩ちゃんがそれぞれ曲書いてた時期だけど、やっぱり「ジュディマリ的なサウンド」っていうのの根幹にはTAKUYAの感性の影響がでかかったんだなあってこれ聴いて思った。一方で、そういう部分が伝わってないことへのフラストレーションもあったみたいなんですよね。2007年のインタビューでこんなことを言っていて」

あれ(注:この発言の前の「後半のジュディマリ」を指す)こそ俺のサウンドだったけど、世間はそういう風には見なくて、やっぱりジュディマリ=YUKIだったんだろうと思うし。

司会者「いろいろなものを含んだ発言ですね」

レジー「今考えてもジュディマリってなんか常に危ういバランスで動いてたと思うんだけど、それってTAKUYAのバンドに対するスタンスがでかかったんじゃないかなあと」

司会者「一方で、ジュディマリに対しての愛もあったんだなと思う言動もありますよね」

いままで沢山いろんなボーカルの人のプレイを観たり
聴いたり、録音したり、ライブしたりしてきましたが、
一番凄かった人は?と質問されると、ぱっと思いつく名前の中に
元同じバンドやってたYUKIは必ず出てくるくらいなので、
東京ドームくらい、彼女はもう、ソロでも何度もやってるみたいな感覚でした。(笑)

おめでとうとか、女性初とかニュース等で見かけますが、
僕もうれしいと、、ともに、、、
当然じゃねー、、??。
JUDY AND MARY のボーカルだぜ、、って。
思ってます。

TAKUYA オフィシャルブログ 2012年5月7日



—JUDY AND MARYのトリビュート盤が発売されましたね。聴いてみてどうでしたか?

半沢武志君(FreeTEMPO)の「RADIO」が良かったなあ。昔YUKIが北九州のラジオ番組をもってて、毎週通ってたのね。この時期は、JUDY AND MARYがだんだん忙しくなって、一般人から業界人に変わらなきゃならなくて、肉体的にも精神的にも大変だった。この曲は、そんな時に、ラジオから好きな人に気持ちが届いたらいいよね、っておもいで作った。今、北海道でラジオをやっているんですけど、半沢君の「RADIO」を聴いて凄く癒された。アルバムの曲達は、自分の出した子供が、凄くおじいちゃん想いの孫を連れて帰ってきてくれた感じですね(笑)

ototoy 2009年インタビュー


レジー「なんかこう愛憎入り混じった感じだったんだろうね。こういう距離感でジュディマリやってた人がわざわざバンドの絶頂期にソロ出して、その音はすごく「ジュディマリらしい音」っていう構造は結構面白いというか切ないというか何とも言えない気持ちになるなあ。バンドへのささやかな抵抗でもあり、同時に愛情表現でもあるような」

司会者「なるほど」

レジー「後追いでジュディマリ聴いてる人もこれは意外と聴いてなかったりするような気がするんだけど、音もジュディマリに近いし、ジュディマリを理解するうえでは実は重要なアルバムなんじゃないかと思うので今回初めて知った人はぜひ聴いてみてください」

司会者「わかりました。3枚紹介し終わりましたが何かまとめとかありますか」

レジー「んー、そうね、今回は特に共通項もあんまないし、また新しい発見があれば嬉しいですって感じかなあ。あ、そうだ、一点だけ。なんかこの前の記事で森は生きていると失敗しない生き方について書いたら「この人こういうインディーっぽいのも聴くのか。意外。そしてなぜこの2つ?」みたいな反応がありまして」

司会者「それに絡んだまとめもできてましたね」

レジー「で、そういう人からすると、クールドライブメーカーズのところでアルフレッドビーチサンダルに触れたのにも何か思うところがあるのかなあと」

司会者「また唐突だな、的な」

レジー「そう。あらかじめ言っとくと、これについても別に深い意味はなくてたまたま聴いていいなと思ったって以上でも以下でもないので誤解のなきよう。で、それで言うと「今現在クールとされている東京のインディーズシーン」と「90年代J-POPの墓場」を同列にして語ってる人は他にあんまいないと思うんだけど」

司会者「そもそも「この人インディーも聴くのか」って反応自体、メジャーフィールドとの断絶が内面化されているがゆえですよね」

レジー「なんかその辺の断絶はうまくつないでいけたらいいなあと思ってます。この前の記事にも同じようなこと書いたしそんなツイートもしたんだけど、「MステJ-POPとアイドルが好き」「ロキノン系が好き」って人でもほんの少しの好奇心があれば今インディーズで蠢いている人たちにアクセスできるし、逆にいわゆるインディーっぽいものばっかり聴いている人にとっても面白いと感じられる音楽が商業ベースの世界にも絶対あるわけで」

司会者「自分が関与していない場所にある面白いものを知るきっかけを提供できると良いですね」

レジー「そんなことはちょっと意識していきたいなと。今回はそんな感じですかね。この企画はまたタイミング見て3回目をやろうと思います。次回ネタはこれから考えます」

司会者「わかりました。できるだけ早めの更新を期待しています」
次のページ

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。