レジーのブログ(旧)

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「混ざり合い」の1995 - 速水健朗『1995年』とマキタスポーツ『1995 J-POP』にかこつけて「あの年」を懐かしむ

レジー「最近出た速水健朗さんの『1995年』を読みました」



司会者「1995年の出来事を「政治」「経済」「国際情勢」「テクノロジー」「消費・文化」「事件・メディア」という6つの観点からまとめた1冊です」

レジー「懐かしい話がいっぱいあった」

司会者「14歳の頃ですね」

レジー「リアル中二だったから。いろいろ思い出すね」

司会者「阪神大震災と地下鉄サリン事件があったこの年は社会の転換点になったと言われていますね」

レジー「関東在住だったから阪神大震災については実はそこまでリアリティがないんだけど、地下鉄サリン事件はインパクトありました。僕千葉県から千代田線使って東京の学校に通学してたので、遭遇しててもおかしくなかったんだよね」

司会者「3月だったので学校なかったんですよね」

レジー「うん。試験休みでのんきに遊びに行ってたわ」




司会者「ザウスとか今の若い人知ってるんだろうか」

レジー「ねえ。家からわりと近かったので、試験休みになるとたびたび行ってた気が。オウム真理教ネタは結構夢中になっていろんな情報に触れてたなあ。ホーリーネームとかよく覚えてたよ。で、この本では「消費・文化」の中で音楽についても触れています。目次で該当するところを抜き出しておこう」

大型CDショップと通信カラオケの登場
ドリカムとドライブデートの時代
日用品であるクルマを描くドリカム
ミュージシャンの社会的責任とミスチル
ノーギミックのノベルティソングの時代
アイドル不在の時代
レコード街だった時代の渋谷と渋谷系
王子様だった小沢健二
スキャットマンにマライア、そしてビートルズが新譜


司会者「世代が近い人ならピンときそうなネタが並んでいますね」

レジー「ちなみに90年代ネタはこのブログでもしょっちゅう扱ってますので、「90年代あたりの昔話」っていうカテゴリーから読んでいただけると」

司会者「1995年ネタで言うと、今年マキタスポーツが『1995 J-POP』という曲をリリースしてます。アルバム『推定無罪』の中の1曲です」



レジー「この記事にも書いたんだけど、これほんといい曲なんだよなー。本気で泣けます」

司会者「随所に90年代風の意匠がこらされていますよね」

レジー「歌詞に当時のヒット曲のタイトルとか流行ったものが使われてたり、アレンジも90s感あるなあ。「あの頃僕17歳」のところの後ろの鍵盤の鳴り方とか繰り返すところのキメとか特に」

司会者「途中でいろいろなミュージシャンの名前を叫ぶ箇所がありますね」

レジー「歌詞には載ってないところなんだけどいいよねここ」

JUDY AND MARY
B’z
DREAMS COME TRUE
ウルフルズ
スピッツ
相川七瀬
trf
ブルーハーツは解散したけど
小沢健二は僕らにこう歌ったんだ


司会者「ここから「LIFE is Coming Back!」に続いていくと」



レジー「『ラブリー』も『LIFE』厳密には94年リリースだけど95年のBGMになっていたのは間違いない」

司会者「ここに出ている人たちは95年にたくさんCDを売ってたわけで、年間チャートにも登場しています」

レジー「この年のチャートがシングルアルバムともにあったので見てたんだけど結構衝撃だよね。枚数の桁感が今と全く違う」

司会者「史上2番目にミリオンセラーが多い年とのことです」

レジー「1枚1000円の短冊シングル買いまくってたわ。あと気になったのはミスチルの『Atomic Heart』ね。94年リリースなのにこの年も100万枚売れてるという」

司会者「ミスチルは過去作品もチャートインしています」

レジー「カウントダウンTVの「アルバムに入ってる名曲」みたいな特集で『星になれたら』が取り上げられてた記憶がある。『Kind of Love』は結局96年にミリオンいくんだよね。当時は「ミスチル現象」なんて言葉もあったなあ」

司会者「ミスチル聴いてましたか」

レジー「そりゃあ聴いてましたよ。ただ、今改めて思い出すと僕にとっての95年って「洋楽を聴き始めた年」でしたね」

司会者「ほう」

レジー「「リアル中二病」って感じかね。そもそもは「洋楽くらい聴いとかなきゃ」って思い込みから始まってるから。このブログでもよく書いてるけどこのくらいの時期にスウェディッシュポップブーム喰らってカーディガンズすごい聴いてました」



司会者「どういうきっかけだったんですか」

レジー「これはたぶんJ-WAVEじゃないかなあ。日曜午後のクリスペプラーの番組聴き始めたのこの頃なので。だからこの時期の洋楽の流行ってた曲は結構わかる。あと年間チャートにも入ってるけど、当時はレコード会社ごとの洋楽コンピレーションがいろいろ出始めたころでそのあたりから海外の音楽聴くようになったね」

司会者「『NOW』とか『MAX』とかそういうやつですね」

レジー「いきなり特定アーティストのフルアルバム買うのはハードル高かったからとっかかりとしてすごく良かった。で、この年は海外のシーンもすごかったんだなあというのを感じられるのがBUZZの2001年1月号でやってた「1963年~2000年まで各年度のベストロックアルバムを選定する」という企画に載ってる95年に関する兵庫さんのこの文章」

イギリスは、そのヴァーヴにレディオヘッド『ザ・ベンズ』にPJハーヴェイの3rd(初のソロでもある)にパルプにシャーラタンズ、ポール・ウェラーは『スタンリー・ロード』で復活。エイフェック・ツインは勿論、ケミカル『さらばダスト惑星』にゴールディーにトリッキー、とダンス系も元気なことこの上なし。アメリカはアメリカで、アラニス・モリセットはバカ売れするわ、スマパンの『メロンコリー~』とフー・ファイターズの1stは前年の「90年代ロック最大の不幸」を真っ向から引き受けるわ、グリーン・デイやランシドやオフスプリングはパンクに火をつけるわ---つまり、英米共に共にとんでもないロック当たり年だったのがこの95年なわけだが、イギリスもアメリカもそして日本も、あとアシッドハウスからの流れもUKロック・バンドとしての威信もすべて抱えて頂点に立ったのは、オアシスの2nd『モーニング・グローリー』だった。

司会者「『モーニング・グローリー』は外せないですね」

レジー「間違いなく人生における大事なアルバム何枚かのひとつ。でも何かこのアルバム買ったの96年になってからだったような気がするなあ。まあいいや。あと95年っていわゆる「レジェンド」的な人たちの存在を意識するようになった年でもあるんですよね僕にとっては。ビートルズの『アンソロジー』シリーズが最初に出たのもこの年です」

司会者「新曲として『Free as a Bird』が出ました」



レジー「PVが「ニュースステーション」で初公開だったんじゃないかなあ。日曜日に部活行った帰りに買ったんだと思う。あとWindows95がCMしまくってて、その音楽がストーンズの『Start Me Up』だったんだな。そっかストーンズってこういう音の人たちねと」



司会者「このギターのフレーズは一時期しょっちゅう聴きましたね。日本の音楽についてはどうですか」

レジー「中二病的モチベーションで聴いてたのはソウルセットですね。『黄昏’95』は僕にとってのそういう時代の象徴です」



司会者「こういうのが好きだったんですか」

レジー「正直良さをちゃんと理解できてたのかどうかは疑わしいけどよく聴いてたね。この辺の感じは翌年になるとさらに加速して、サニーデイからはっぴいえんど聴いたり、日本のヒップホップつながりでかせきさいだぁ聴いたりってのにつながっていきます。こう考えると、「これ聴いてる俺かっこいい」から音楽に入っていくのは必ずしも悪いことではないなあと思いますよ」

司会者「チャート周りでいうとどうですかね」

レジー「この年で一番聴いたのはたぶんスピッツの『ハチミツ』だと思います」

司会者「『ロビンソン』が売れてブレイクしたのが95年ですね」

レジー「旧譜借りてきてカセットテープに落としてたよ。あとジュディマリが『Over Drive』で売れた年でもあるけど、僕はその後に出たアルバムの『MIRACLE DIVING』でがっつりはまりました。それからラルクか」

司会者「先日のTHE NOVEMBERS小林さんのインタビューでもそんな話をしてましたね」

レジー「この年に出た『heavenly』はほんと完成度高いと思うわ」

司会者「この辺に出てくる名前は今のシーンと地続きな感じがありますね」

レジー「そうね。ちょっと違う流れでいうと、僕小学生のころからチャゲアスが大好きだったんですよ。95年当時もよく聴いてました。で、この年の元旦にASKAがソロで出した『晴天を誉めるなら夕暮れを待て』って曲が大好きでした」

司会者「これはKANと共演してるバージョンをぜひ聴いていただきたいですね」



レジー「これすごいよね。なんか悟空とベジータの戦いみたいな迫力がある。この曲はいまだにカラオケ行くと歌ったりします」

司会者「「スピッツやジュディマリが売れ始めた95年」というと今とつながってる感じがしますが、「チャゲアスがまだ売れてた95年」というと急に前時代感が出るのは何でですかね」

レジー「いわゆる「昔からの歌謡曲」と呼ばれるであろうものと「現代のJ-POP」的なものが混ざり合ってた時代なのかなあとか思うよね。そういう流れで考えると、オザケンが筒美京平を引っ張り出してきたのもすごく納得感があるというか。『強い気持ち・強い愛』は今聴いても素晴らしいなあ」



司会者「この動画はヘイヘイヘイですかね」

レジー「うん。なんか当時の空気がパッケージされてる感じで良い。で、このまままとめに入っていきたいんですが、日本の社会において転換点となった1995年は音楽シーンにとってどういう意味のある年だったのかってところなんですけど」

司会者「はい」

レジー「さっき「混ざり合ってた時代」って言ったけど、今から振り返るといろいろなものの「前史」って位置づけるのがいいのかなあと思います。産業としてピークを迎えるのは98年だし」

司会者「フジロックもまだ始まってないですしね」

レジー「うん。アルバムチャートの上位5つがドリカム、trf、松任谷由美、ZARD、大黒摩季ってのを見ても「今と同じ流れ」として見るのは無理があるのかなと。ただ、スピッツやジュディマリ、あとウルフルズとかイエモンとか、その後のシーンの中心になっていく人たちが出てきているという側面もあるわけで。ある一つの大きな流れが最後の輝きを見せていて、その傍らで次の大きな流れになりそうなものが勃興している、というタイミングだったのかなと」

司会者「当時はそういうものが同じ場所に併存してる感じが面白かったですね」

レジー「うん。以前こんなツイートしたんですが」




司会者「ヘイヘイヘイの最終回ですね」

レジー「まさに混ざり合ってたんだよね。で、その象徴としてスノッブなシーンから登場しながらなぜかお茶の間の王子様になった小沢健二という人がいた。オザケンはほんとはヘイヘイヘイの最終回には出るべきだったと思う」

司会者「ヘイヘイヘイについては1年ほど前に書いたこちらの記事もあわせてご確認いただけると」

レジー「当時ってまだネットも全然普及してなかったし、そういう意味で文化としての「ムラ」みたいなものが可視化されづらい状況ではあったよね。それゆえにいろんなものがごちゃ混ぜになってる面白さってのがあったんじゃないかなと振り返ってみて思いました。しかし今回昔話満載でお送りしましたが、ある年をピンポイントで見直すのって楽しいね。いろんな人の1995年話聞いてみたいです。速水さんの本はこの時代をいろんな角度から見直せるので面白いし、単純に雑学としてもネタになることがいっぱい書いてあるのでお勧めです。最後にこの本の感想で一番グッと来たツイートを紹介して終わりたいと思います」




司会者「インテリのガール」

レジー「僕もインテリのガールと合コンしたいですね。というわけで今回はこんな感じで」

司会者「では次回はどうしますか」

レジー「年間ベストの前哨戦的な企画をやろうかと思っております」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」
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