レジーのブログ(旧)

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激動の2013年を経て、パスピエはどこへ向かうのか

■新作に感じる『わたし開花したわ』の面影

レジー「マンウィズが表紙のMUSICA4月号にて、パスピエ『MATATABISTEP/あの青と青と青』、Cocco『パ・ド・ブレ』のレビューを書かせていただきました」



司会者「パスピエに関してはちょうど1年前くらいに『フィーバー』のレビューをクイックジャパンに書きました」



レジー「この1年で自分の状況もパスピエの状況もだいぶ変わったなあ」

司会者「パスピエについてはブログの初期から継続的にウォッチしているバンドです」

パスピエのこと「ポスト相対性理論」っていうな
だからパスピエのこと「ポスト相対性理論」っていうなって
パスピエ『フィーバー』リリースにあたってインタビューを敢行しました
『演出家出演』発売記念 パスピエの「ネクストブレイク前史」を振り返る

レジー「うん。で、新譜すごくいいよパスピエ」





司会者「今回のレビューでは新作の音について「原点回帰」という言葉を使っていましたね」

レジー「個人的にはこの言葉がぴったりくる。初めてタワレコの試聴機で聴いたときのことを思い出した」

司会者「表題曲2曲以外にも、『万華鏡』と電気グルーヴ『Shangri-La』のカバーが収録されてます」

レジー「どれも聴きごたえがすごくて、シングルというよりミニアルバムですな。表題曲は対照的な2曲で面白かった。ライブ仕様と言っていいであろう『MATATABISTEP』と、「聴かせる」感じの『あの青と青と青』。最初に『あの青と青と青』ってタイトル見た時は最近のギターバンドにありがちな疾走感系の曲かと思ったんだけど全然違った。心地よく裏切られました」

司会者「『あの青と青と青』についてはバンドとしてもチャレンジだったみたいですね」

“あの青と青と青”は、とにかく壮大な曲を作ろうと思って。それは自分から大胡田への挑戦でもあったんです。曲を通して聴いたときのストーリー性が、ショートムービーを見た時の感覚に近いものが作りたかったんです。今のポップスにおいて大事なのはフック、ギミックだとも思っていて、そのふたつが相いれないなあということに悩みながら、ずっと作っていました。
(MUSICA4月号)


レジー「成田さんがルーツとしてあげてるおしゃれテレビってバンドがありますが、そのあたりの感触に近いものを感じました」



司会者「なるほど」

レジー「「フック、ギミック」がただ盛り上げるためというよりは、心の内面に渦巻いていくための装置として使われている感じね。で、この曲があるから次の『万華鏡』の爽快なポップ感がかなり際立つ。『万華鏡』の鍵盤さばきはちょっとすごいね。ライブでやるのかな」

司会者「最後の『Shangri-La』のカバーについてはいかがですか」

レジー「個人的には原曲が大好きであの時点で十分に完成されてると思ってて、カバーネタとしてもかなり大ネタなのでちょっと悪手のような気もしてるんですが」



司会者「最近よくあるカバーというか、話題作りのためみたいに思う人もいるかもですね」

レジー「そうねえ。ただインタビューを見ると必然性を持ってやってるみたいね」

2012年に初めてWIRE見に行った時の衝撃が大きくて。去年初めてカヴァーをやったんですが、次にカヴァーをやるなら電グルがいいなと思ってました。電グルは、まず卓球さんワークスのサウンド感にいつもびっくりしていて。・・・すごいストイックだと思うんです。WIRE見に行った時も感覚がずば抜けてて。それが瀧さんとの電気グルーヴになることによって、一気にショーになっていって。純粋な音楽をエンターテイメントで体現してる!って思うアーティストです。
(MUSICA4月号)


司会者「「純粋な音楽をエンターテイメントで体現」っていいですね」

レジー「うん。『わたし開花したわ』を初めて聴いたとき、まさにこういう印象を持ったんだよなあ。ギターバンドフォーマットで、でも鍵盤の音が歪に突出してて、それが読後感をやたらとポップなものにしてるっていうか。「ちょっと変、でも食べやすい」みたいな中毒性。まさに音そのものがエンターテイメントになってた。で、MUSICAのレビューに「原点回帰」って言葉を使ったことにつながるんですけど、今回の新譜は『わたし開花したわ』が持ってた「歪ゆえのポップさ」がすごくあるように感じていて。楽曲で言うと、たとえば『MATATABISTEP』は『電波ジャック』、『あの青と青と青』は『夕焼けは命の海』、『万華鏡』は『真夜中のランデブー』の正当進化というか」

司会者「『わたし開花したわ』以降にもたくさんリリースはありましたが、今作は『わたし開花したわ』と地続きなんですかね」

レジー「そういう意識を持って作ったかは不明だけど、アウトプットとしてそうなってる気がした。今回のシングルの音って「流行りの邦ロックバンドの音」って範疇からははみ出してるような気がするし、バンドとしてそういう括りみたいなものを意識する前のインスピレーションを大事にして作った作品なのかなというのがばくっとした印象」

司会者「もしそうだとした場合、ある意味で「流行りの邦ロックバンド」の役割をまっとうした2013年のアクションはバンドとしてどう位置づけてるんですかね」

レジー「去年のパスピエはまさに快進撃!だったけど、やっぱりその中で得たものもあれば失ったものもあったような気がしていて。支持が広がった段階で、2013年のいろんなことをリセットというか、一旦仕切り直したうえで「もう一度パスピエを始めていこう」って意思の表れが今回のシングルなんじゃないかなと思いました。では、次にその「2013年のいろんなこと」についての話を」


■2013年のブレイクと「セカオワ・シンドローム」


司会者「2013年のパスピエのブレイクは語るまでもないですね。あっという間にライブのチケットが取れないバンドになりました」

レジー「ポスト相対性理論なんて言われてたのももはや懐かしいよね。今となってはヴィレッジヴァンガードよりもタワレコの方が似合うバンドになった。ものすごく雑な分け方すると「サブカル」から「邦ロック」へ、みたいな」

司会者「支持層が変わった感じはありますよね」

レジー「象徴的な事象として、「好きなバンドかぶったらRT」ってフォーマットのツイートでパスピエが出てくるケースがここ1年で圧倒的に増えたね」

司会者「あー」

レジー「そういう文化圏の人たちが一気に流れてきた。そりゃあれだけポップでノリも良い音楽をやってればそうなって然るべきだし、今のマーケットで基盤を固めるにはそのあたりをとらないといけないってのは明白なんだけど、個人的な印象としては支持層の変わるスピードが思ってた以上に早かったです」

司会者「ライブの雰囲気も大きく変わりましたね」

レジー「そうね。7月のリキッドだったと思うけど、オープニングSEで手拍子が出た時はさすがにびっくりした。モッシュしながら聴く音楽だとも到底思えないけどステージ前は最近そんな感じになってるよね。12月のブリッツで前の方で見てたらペットボトルで水撒いてる人がいたり。パスピエのライブで服が濡れるとは思ってもみなかった。で、僕はこの状況を勝手に「セカオワ・シンドローム」って呼んでるんですけど」

司会者「「セカオワ・シンドローム」とは」

レジー「以前書いた記事から引用します

レジー「(前略)たとえば、“世界の終わり”というバンドのファンと“SEKAI NO OWARI”というバンドのファンって、きれいに入れ替わってると思うんですよね。それはもう鮮やかなくらいに」

司会者「「『EARTH』は好きだったけど今はね・・・」って人すごい多いですよね」

レジー「うん。僕もそのクチなんですけど。で、そういう形で一度離れたファンってたぶん戻ってこない。(後略)」


司会者「ブレイクと支持の拡大に伴うファン層の入れ替わり、みたいな話ですかね」

レジー「イノベーター理論で言うところのイノベーター・アーリーアダプターがブレイクを機に一気に離れていく感じというか。もちろん尖った人だけに聴いてもらっても世の中的なインパクトは持ちえないから間口を広げる方向に行くこと自体は100%正しいと思うんだけど、その過程で「現象関係なく早めにそのバンドの魅力に気づいたファン」が剥がされていくってのはあんまり幸福なプロセスじゃないような気がしていて」

司会者「「あのバンド売れちゃって変わったな」みたいな話はセカオワに限らずどこの世界でもあるんじゃないですかね」

レジー「それはそうなんだけどね、セカオワに関しては「古参ファンの思い込み」みたいなことではなくて明確にターゲットというか届けたい層を変えてるんじゃないかなあ。で、そういう動きにリスナー側もビビッドに反応してると。その結果として、かなり大きな動員力やセールスパワーを持ったけど一方では「セカオワwww」みたいな感じの声も増えてきてますよね」

司会者「パスピエもその「セカオワ・シンドローム」になってるんじゃないか、ってことですか」

レジー「僕は『演出家出演』ってアルバムすごく好きなんだけど、どうにも100%乗り切れなかった部分があって年間ベストでも10枚に入れず次点にしました。何がピンと来なかったかというと、なんとなく「やりすぎなマーケットイン」の姿勢を感じたんだよね。「ポスト相対性理論」というレッテルから脱却するためにライブ感を意識したという中で、その「意識の仕方」っていうのが「最近の「邦ロックファン」が喜ぶライブの景色に寄せる」こととニアリーイコールになっていたように思えて。その取り組みの結果として『S.S』とか『はいからさん』とか強烈にライブで盛り上がるんだけど、その盛り上がりを支えてるのは「なんでもいいから盛り上がりたいぜ!」って感じの人たち、みたいな。間口を広げていく中で、「盛り上がり至上主義」的空気になじめない人たちが結果として離れていくようなムードになってる気がします。そういう層だけが聴くバンドではないと僕は思ってるんだけど、そんな空気が支配的になりつつあるんじゃないかなあ」



司会者「ライブではメンバーが手拍子をあおったりしてそういう空気を率先して作ってる感じもあります」

レジー「うん。ただ、ほんとに今の状況をバンドが求めてるかどうかってのも正直よくわからないんだよね。JAPANのインタビューを抜粋します。最近はお客さんをあおったりしますよね、という流れの中での発言」

成田「でも、いわゆる定石じゃないですけど、オールドスクールな乗せ方ってあるじゃないですか。それにみんなすごい葛藤を持ってて(笑)」

大胡田「「手拍子しろ」って、「じゃあちょっと、やってみる」って試したりね(笑)。私あんまり物事を考えないけど、最近それはよく考えてますね」
(ROCKIN’ON JAPAN 7月号)


司会者「微妙な感じですね」

レジー「そもそもこのインタビュー自体まとめ方が相当いまいちで文脈が読み取りづらいっていう難点はあるんだけど、とりあえずは手拍子とかでみんなを盛り上げたい!って心から思ってるわけではなさそうなことは伝わってきます。これは『演出家出演』が出るタイミングでのインタビューだから今の心境がどうかはわからないけど、ライブで盛り上がれる曲、ロキノン的言い回しだと「機能的な楽曲」を鳴らしまくってる一方で、それによって生み出されている景色には何となくの引っかかりみたいなものを感じているってことですよね」

司会者「自分たちのオリジナルな立ち位置を作ろうとする中で、こういう引き裂かれたシチュエーションが生まれたのがパスピエの2013年だったと」

レジー「と、言えるのではないか、って感じでしょうか。あくまでもこちらの思い込みに過ぎませんが。これってブレイクしたバンドならではの痛みだと思うけど、長い目で考えるとかなり綱渡りの状況になってるような気がします。今の方向だとおそらく消費されるスピードは上がるし、それこそセカオワ並みに相当でかい支持基盤を作らないとあっという間に食い散らかされちゃうと思う。で、最初の方の「リセット」って話は、こういう状況を一回まっさらにして「ちゃんと音楽を届ける」というところに行きたいってのが今のバンドのスタンスなんじゃないかなってことなんですが。先日パスピエが出演したalternative tokyoに参加していろいろと感じるものがありました」


■alternative tokyoにおける「久々のアウェー」、そしてクラムボンの「いま」とパスピエの「あした」


司会者「3月15日にスタジオコーストで行われたalternative tokyoのトップバッターで出演したパスピエですが、最近のライブからは考えられないくらい人が少なかったですね。それ以降のアクトではパスピエ以上にフロアが埋まってましたし、スルーした方が多かったようです」

レジー「出演発表も遅かったしね。ただ、他の出演者のファンが「パスピエ見てみようかな」って集まってもほんとはいいわけで。そうなってないのが悲しかった」

司会者「メインステージはパスピエ以降は七尾旅人、People In The Box、イースタンユース、クラムボンが出演しました。現状ではファン層はあまりかぶってないんですかね」

レジー「少なくとも2年くらい前にはこの並びがしっくりくるバンドになる可能性も広がってたのになあとか考えてしまった。それに加えて、バンド側からの告知が妙に少なかったのが気になりました」

司会者「普段はマメにイベント出演の情報ツイートしたりしてるのにね」

レジー「意図的にファンのいないところでやろうとしたのかなとか勘ぐってしまう」

司会者「演奏したのは『シネマ』『とおりゃんせ』『ワールドエンド』『最終電車』の4曲です」

レジー「『フィーバー』とか『はいからさん』みたいなノリ系の曲を外してるんだよね。で、MCもこの環境をすごく意識したもので」




司会者「自分たちのファンはあんまりいないことを自覚してのMCに聞こえます」

レジー「うん。MUSICAのレビュー用に初期パスピエっぽい匂いのする新作の音を聴いて、それでこの日の人少ない状態でのパスピエを見て、すごく「リセット」って感じがしたんだよね。去年の狂騒から逃れて、先入観のないであろう場所で自分たちの楽曲を鳴らすってことがバンドにとってすごく大事だったんじゃないかなあ。で、このイベントのトリだったクラムボンがマジで素晴らしかったんだけど。佐藤伸治さん命日の『ナイトクルージング』も沁みたし、とにかくこの人たちのライブはほんとに雰囲気がいいんだよね」

司会者「音楽が真ん中にあって、それを演奏する側も聴く側も無心で楽しんでる感じが素敵ですね」

レジー「ドキュメンタリー見た時もそれはすごい感じた」





司会者「ライブ中にも触れられていましたが、クラムボンは結成20周年なんですね」

レジー「もうそんなになるのかって感じなんだけど、このバンドはどこかで大ブレイクみたいなものを経験したこともないし、特定層の支持を瞬間的にでも一身に引き受けて・・・みたいになったこともないわけで。それでも自分たちの音を追求して20年続けてきて、こういうイベントでトリを務めることにも何の違和感のないポジションに収まっていると」

司会者「シーンの後押しとか関係なく、どこに寄せるでもなく、ずっと音楽と向き合い続けてきた結果なんでしょうね」

レジー「そうですね。で、このまままとめに入っていきたいんですけど、この日のクラムボン見ながら思ったのがパスピエは20年後どうなってるんだろうなってことで」

司会者「想像つかないですね」

レジー「パスピエの2013年のブレイクって、彼らのやってる音楽が今のシーンの「コミュニケーション消費万歳」って風潮にうまく合致したって部分が大きいと思っていて。手拍子しやすいし、サビでうわっと盛り上がるし、「エスエス!!」って叫べるし、「音楽を介して皆で一体感を得たい」みたいな欲求にパスピエの曲ははまりすぎなくらいにはまった。で、そういう形でパスピエにはまってる人たちがパスピエを「交換不可能な存在」として今後も愛していくのか?「手拍子できて皆叫べるポイントがあるバンド」なら他のバンドでもいいのでは?ってのが正直よくわからないというか」

司会者「音楽そのものが好きか、それを介したコミュニケーションが好きか、ってのは一概には切り離せない問題だから難しいですよね」

レジー「このあたりはロックインジャパンの話を一昨年の夏にしたときからの一貫した問題意識なんですが。で、「コミュニケーション消費の先に何があるのか」ってのは音楽に限らずどの領域でもたぶんまだ誰も体験したことのない世界の話だから答えはないと思うけど、個人的には「対象を介したつながり」ばかりに気持ち良さを覚える人が「対象そのもの」にどっぷりはまることはないと思っていて。「フェス」と「一体感」が大事な「邦ロックシーン」にあんまり足を突っ込みすぎると「対象そのものではなく対象を介したコミュニケーション命の人たち」がメインの支持層になってくる可能性があるし、たぶんそういうバンドは刹那的に消費されて終わっちゃう。少なくとも20年経ってもディープに支持されるバンドにはならない」

司会者「うーん」

レジー「そういう瞬間沸騰的な支持獲得しかできないバンドだったら仕方ないけど、パスピエはそんな風に片づけられるタマじゃないと個人的には信じているから、改めて「コミュニケーション消費に絡め取られない音楽のあり方」を提示してほしいなと」

司会者「まさに成田さんがインタビューで言っていた「純粋な音楽をエンターテイメントで体現」ということですね」

レジー「うん。今回の新譜はそういうチャレンジの第一歩になっていると勝手に思っています。特に『あの青と青と青』は、「一体感」みたいなものとは別のところでのファンとの絆を作る曲になるはず。いろいろ書きましたがこのバンドには期待しかないので、今後の活動も楽しみにしています。いつもより長いですが今回はこんな感じで」

司会者「わかりました。次回はどうしますか」

レジー「今のところ未定でお願いします」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」
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