レジーのブログ(旧)

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アイドルと自意識、アイドルの自意識5 - 自己顕示欲を越えて

レジー「ちょっと事情がありまして、超久々に『戦争論』を読んでます」




司会者「98年の作品だからもう14年前ですね」

レジー「高2でしたね当時は。すぐ読みましたよ」

司会者「いろいろ偏った本ではありますが、どうですか改めて読んで」

レジー「この場でイデオロギーについて話すつもりはないのであれなんですが、「公」と「私」の話に関してはまあ普遍的な話をしてますよね。「私」を越えたところに「公」的な意識が生まれる、みたいな話は年取った今だからこそそうだよなあと。それと戦争の話を結びつけていいかってのはまた別の議論ですね」

司会者「今回は別に戦争論の話するわけじゃないですよね」

レジー「はい。この前の続きでもうちょっとアイドルのことやろうと思うんですが。ちょっと調べものしてたら、朝日新聞がオタ芸について取り上げてる記事に出会いました。図書館で縮刷版を見たんですけど」

司会者「2009年10月5日の朝刊の文化面ですね。「【オタ芸】自虐に限りなく近い諧謔」という見出しがついています」

レジー「記事ではミキティの「ロマンティック浮かれモード」の「大の大人が」っていうMIXを取り上げて、こんなことを書いているわけです」

かつては、ヤンキー率いる親衛隊がアイドルの現場を仕切っていた。コンサート会場の駐車場では、エアブラシでアイドルを描いたワゴン車が並んでいた。彼らはアイドルにまっすぐ向かい合い、コールの内容も肯定的。しかしアイドルがマイナーになるにつれ、親衛隊はオタクにとって代わっていった。いまや、被差別感がなければアイドルじゃない、という転倒した感覚さえ生まれている。

司会者「被差別感ねえ」

レジー「3年間で状況がずいぶん変わったんだなあというのがわかりますね。AXで僕の周りにいた若い人たちはこんなもの感じてないんじゃないかな」

司会者「オタクカルチャーの一般化みたいな話が背景にありますよね」

レジー「うん。それで言うと、タワーレコードのサイトで連載されている「アイドルのある暮らし」に出てくる22歳の方がこんなことを言ってます」

いままでの人生でオタクであることを隠そうとしたことはないですね。

司会者「別にアイドルを追っかけていることは恥ずかしいことではないと」

レジー「たぶんこれはアニメとかいわゆるアキバ的な趣味全般に言えることなんでしょうけど。こういう人たちが今のアイドルシーンを支えてるんでしょうね。で、旧文脈の人たちは「アイドルを聴く際の被差別感」みたいな話を持ちこんじゃって「は??」って感じになるんだと思います。以前このブログで取り上げたMARQUEEとか典型的ですね。これは僕も気をつけないといけない」

司会者「ちなみにこの方はこんなことも言ってますね」

アイドル論的なことにもあまり興味がなくて、そんなことを語ってもどうにもならんだろうと。現場に行って自分が見たものが全てだなと思います。

レジー「これはほんとそういう感じなのかもと思ったのは、この前のエントリーはアイドル好きの方にそこそこ拡散されたんですけど、「そうだそうだ!」も「ふざけんな違うよ!」も、どちらの反応もなかったんですね」

司会者「ロックインジャパンの時とえらい違いだな」

レジー「そうなんですよ。まああれとは拡散の度合いが違うし、エントリーの質の問題もあるだろうから一概には言えないかもしれないけど。ただ、先日のAXのイベントの感想をネットで調べても「○○と握手してどうのこうの」ばっかりだったんですよね」

司会者「フィジカルな接触があったら理屈とかどうでもよくなりますねきっと」

レジー「音楽マニアでかつアイドル聴いてる一部の人とか除いては、シーンとしての構造がどうこうとかあんま興味ないんだろうね。それこそロッキングオンとかそういう講釈垂れる文化に触れずに入ってきてるんだろうし。そんなこと考えてるより生身のアイドルと握手してしゃべる方が楽しいでしょうから」

司会者「御託を並べるよりは現場に行くと。オタクって言ってるわりには超アクティブ。しかしそういう意味では意外とアイドルに関する言論空間ってないですね」

レジー「そうなんだよね。結局「若い女の子の集団」って以外に括って語れることがないので、どういう切り口からフォーカスするのかが難しいんだろうな。僕もAX行くまでは「もっと音楽寄りの切り口でアイドルを語るメディアが必要」とか思ってたんだけど、ああいう「盛り上げてナンボ」って感じのをいくつも見ると、音楽的な切り口から語っても知れてるんだろうな」

司会者「それこそロッキングオンはやらないんですかね」

レジー「CUTだとアニメはやるけどアイドルはやらないですね。Hで嵐取り上げるのが彼ら的な限界なんでしょうね。で、僕も含めてそうなんですが、「アイドルを音楽的に・・・」みたいなことを言う人は常にPerfumeというグループを念頭に置いているように見受けられます」

司会者「Perfumeみたいに売れてほしい!みたいな声をよく聴きますよね。純度が薄まらずに世の中的な認知を獲得していったわけで、理想的な感じはしますよね」

レジー「先日のイベントに関しての感想でもそういうのありましたね。ある方のいくつかのツイートの趣旨をまとめるとこんな感じです」

アップアップガールズ(仮)の新曲がEDMで超攻めてる!これはやばい!レベル高い!早くPerfumeみたいに売れてほしい!

司会者「この曲ですね」



レジー「とりあえず個人的にはこういう音には興味ないんですが、それは置いておくとして。僕が気になったのは、この人の中に「Perfume=楽曲が攻めてる→だから売れた⇒アプガも同じように・・・」という思考が見えるところです」

司会者「違うんですか」

レジー「これ僕は決定的に違うと思うんですよ。もちろん中田ヤスタカの音なくしてPerfumeのブレイクはあり得なかった。でもね、たぶんそれだけじゃないんです。僕が思うのは、彼女たちのメンタリティ、この部分がすごい大事だったんじゃないかってところですね。09年の代々木でのライブのとき、あーちゃんがMCでこんなこと言ってるんですが」

私たちは青春を全部かけてきたから、Perfumeしかないんです。

司会者「重みがありますね」

レジー「まるで高校球児のようなコメント。何かを犠牲にして頑張ってきて勝ちとったステージ。そういう甲子園的な、しんどいけど爽やかさを感じさせるガンバリズム。これがPerfumeの肝だと思います」

司会者「実際売れるまで時間かかってますしね」

レジー「そう。たぶんその期間の中で、この世界を目指す女の子が少なからず持ってるであろう「私かわいい!」「私目立ちたい!」みたいな自意識が否応なしに剥がされていったんだと思うんですよね。その結果、矮小なプライドがPerfumeというグループそのもの、つまり「公」に昇華していったんじゃないかな。代々木の半年ちょっと前、初の武道館のライブレポがJAPANの08年12月号に載ってましたが、こんなことが書いてありました」

自分が目立つためではなく、Perfumeの世界観を完璧に機能させるために、3人は存在している。そこには、安い自己顕示欲などは存在しない。メンバーはもちろん、スタッフ全員の意識が、Perfumeが作る世界をどう素晴らしく見せるか、ということに向いている。

司会者「自分のためじゃなくてチームのため。確かに日本人好きそうだな」

レジー「その一方で、決して「私」が埋没してるわけでもないからね。圧倒的なバランスですよ。よしりんは『戦争論』で「滅私の精神」を強調してるけど、今は「「公」と「私」の共存」が必要で、Perfumeはそこの芯にがつっとはまったってことなんじゃないかと。たぶん今の時代のアイドルはそういう価値を獲得しない限りは広くブレイクしないと思います。どんなに音がカッティングエッジでも、深々とお辞儀してファンに感謝してるように見せても、自己顕示欲を越えたゾーンに到達してないうちはダメ。好事家の慰めものから抜け出すことはできない」

司会者「ただ、その理屈でいくと結局下積みがないとダメだって話になりませんか。「私かわいい!私見て!」っていうのがない子はアイドルにならない気がするし、そもそもそういう気持ちが全くないのもそれはそれでどうかと」

レジー「「私かわいい!」を否定してるわけではなくて、それに止まらない気持ちをどう持つかってのが重要という話です。Perfumeは時間を経る中でそういう状態に突入したんだと思いますが、それ以外にもそこに行くやり方があると思います」

司会者「具体的には」

レジー「たとえばAKBで言うと、総選挙っていう順位をつける仕組みを通して「自分たちがいる共同体とはどういうものなのか」みたいなものをメンバーに自然と考えさせてるんだと思うんですよね。だからこそ、あっちゃんの「私のことは嫌いでもAKBのことは嫌いにならないで」なんて発言が出てきたんだと思います。「私」を越えて「公」に到達した瞬間ですよ」

司会者「あーなるほど。それだとよしりんがあそこまでAKBにはまってるのも理解できますね。そういう「共同体への奉仕」みたいな美を見出してるのか」

レジー「たぶんね。被災地訪問を続けてるのだって、そういう「公」を意識させることでグループとしての骨格を強くしようって意図もあるんじゃないかな。「被災地に行って、自分が歌を歌っていることの意味がわかった」とか言ってるメンバーもいたし。しかしあれだな、そう考えると今年のAKBのドキュメンタリー映画は相当良くできてたね。日本人のツボを押しまくってるね」

司会者「あっちゃんにしても、あの映画の総選挙から西武ドーム「フライングゲット」の流れのおかげで神格化された感じはありますねえ。AKBはわかりましたが、じゃあももクロはどうですかね」

レジー「ももクロもたぶん、いろいろ無茶な状況に追い込む、負荷をかけることで自己顕示欲からの脱却のスピードを加速させたんじゃないかなあ。「かわいい私を見て」の積み上げじゃない、なんかわからんけど渾然一体としたエネルギーみたいなものが生まれたんじゃないかと」

司会者「あーりんのキャラも含めて、何か超越したところに到達してるのは間違いないですね」

レジー「ももクロについては生で見たことないので、詳しい方補足してください」

司会者「お願いします。だいぶ長くなってきたのでぼちぼちまとめたいんですが、「私かわいい」っていう自己顕示欲を越えたところにある「公」に到達して初めてブレイクする資格を得る、って話でしたけど、そういう観点から言うとこの前のイベントはどうだったんですか」

レジー「そうですね、前回のエントリーで「縦ノリで盛り上げることしかやらないのか」って話をしたんですけど、あの構造だとたぶん「客を煽る→客盛り上がる→歓声を浴びてステージで自己陶酔」みたいなすごい閉じた世界の話の繰り返しになると思うんですよね」

司会者「お客さんの盛り上がりを通じて自己顕示欲が肥大化すると」

レジー「そうですね。たぶんそれは「ブレイク=広く受け入れられる」っていうのとは真逆の方向にいってるはず。だから今はアイドルが盛り上がってるように見えるけど、すでにシーンが収縮していく兆しが出てきてるとも言えるんじゃないかなと。実はどのグループも狭い世界に嵌り込んじゃってると言うか」

司会者「うーん」

レジー「で、そういう動きが出つつある中で、圧倒的にいい歌を淡々とパフォーマンスしているトマパイはアイドルシーンの希望であると。というわけで、結論は「トマパイ最高!」ということで」

司会者「またそれですか」

レジー「アイドルの話すると必ずこれになるね。みんな「PS4U」聴こう!」



司会者「(ただ言いたいだけなんじゃないか・・・)まあいいです。次回はどうしますか」

レジー「高校の軽音楽部ネタがこの前朝日新聞に出たのでその辺の話やりたいんだけど、時間かかるかもしれないのでちょっと考えます」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」
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