レジーのブログ(旧)

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SEKAI NO OWARI「ENTERTAINMENT」から考える、ロックジャーナリズムの「お約束」

レジー「今年出たアルバムで聴くべき作品をツイッターで2度ほど募集したのですが、反響があって非常に助かっています」

司会者「何か気になった作品はありましたか」

レジー「いろいろ聴きましたが、FoZZtoneは面白かった。あとOGRE YOU ASSHOLEね。ギターが弦楽器のようだった」

司会者「そのネタ引っ張りますね」

レジー「ロッキングオンは一生言われるネタを作ってしまったことを自覚すべきですね。まあそれはいいとして、どっちもロキノン的な量産型ギターバンド群とは一線を画してて良かったです。音のタイプは違うんだけど、どっちも「乾いてる」感じがいいですね」

司会者「日本では珍しいですよね」

レジー「うん。で、その「乾き方」も、フォズは何かアメリカの砂漠地帯っぽいのに対してオウガは日本の内陸部みたいな感じがして。カラーがあって面白いです。どっちのバンドもルーツとかよく知らないんだけど」

司会者「自分では聴かないタイプの作品ですよね」

レジー「そうですね。何となくスルーしてしまうタイプの音なので、聴くきっかけがあって良かったです。今後も継続募集してますので、これくらい聴いとけよ!って作品があったらぜひ教えてください」

司会者「そんな流れの中でSEKAI NO OWARIの「ENTERTAINMENT」を聴いたわけですが」

レジー「はい。これは誰かに勧められたわけではなく、一応今年出たアルバムとして聴いとくかくらいの気持ちだったんだけど」

司会者「このバンド好きなんですか」

レジー「「EARTH」はよく聴きましたよ。ちょっと歌詞が寒いと思いつつ、いい曲だなあというのもいくつかあったし。初めて見たのは10年6月のネストでやってたイベントで、そのときはすげー存在感のあるバンドが出てきたなあという印象でした」

司会者「小さい会場で見てたんですね」

レジー「はい。その後はフェスで何度か見ましたが、いつも「リア充!」な感じの若い人たちがいっぱいでちょっと距離を感じてました。え?このバンドってそんな風にオイオイ言いながら見るものなの?っていう謎がいつも頭に浮かんでた」

司会者「あのノリは何とも言えないですね」

レジー「うん。去年のひたちなかのレイクステージで、ライブ前に集まってた人たち、たぶん初対面同士の人たちも含まれてたと思うんだけど、その数十人の集団が「世界の!」「終わりー!」とかって掛け声をかけて写真を撮ってたんですよ」

司会者「なんだそれは」

レジー「写真じゃなかったのかな?遠くにいたからよくわかんなかったけど、とりあえずそういう声が聞こえて。何か近寄りたくないなーって思ってたら、ライブ始まるや否やオイオイ言ってて。どうもその場の空気がだめで、結局2曲くらい見て帰りました」

司会者「ファンのノリがチャラい部分はある気がしますね」

レジー「そうなんですよ。で、そのムードがアルバムそのものにもすごく反映されてる感じがした。ああいう音だからああいうファンなのか、ああいうファンだからああいう音なのか、因果はよくわかりませんが。ファンの方には申し訳ないが、この人らはいつからこんなチープなバンドになったんだと。昔は期待してただけに超がっかりです」

司会者「意識的にポップな方向に舵を切ってるゆえなんですかね」

レジー「別にポップな方向にいってたってかっこよくすることはできますよ。ポップなのと軽薄なのは違う。ああいう音になると、中途半端な社会派の歌詞の稚拙さが異様に目立ちますね。ほんとに何をしたいのかわかりません」

司会者「ミュージックマガジンでも岡村詩野さんが同様の評価だったようですね。現物見れてないので2ちゃんからの転載ですが」

バンド名とは裏腹の軽いダンスポップロックで、 音作りも安っぽければ後に残るものも殆ど無い。 (10点満点中)3点

レジー「ミュージックマガジンは傾向的に「ロキノン」寄りのバンドに厳しいですが、もうこの評価は何の過不足もないですな」

司会者「でも一方でMUSICAの2012年8月号では鹿野さんが大絶賛ですわ」

この作品は音の表情が非常に豊かになったと同時に、リズムやグルーヴに対しての自覚みたいなものも凄く出てきた、音楽的にも楽しいアルバムになったと思います。

レジー「どう聴いたらこの評価になるのか真剣にわかりません」

司会者「何か拠って立つ部分が違うんですかね」

レジー「一個思い当るところがあるとすれば、このインタビューで鹿野さんは「眠り姫」って曲を重要な位置づけのものとして扱ってるんだけど、僕この曲決定的に無理なんですよ。PVにその感じが顕著に出てて」



司会者「宮崎あおい使ってるPVなのにダメですか」

レジー「このライブシーンのオーディエンスの動きが気持ち悪くて気持ち悪くて。これっていろんなライブで見られる「ほんとにあなた楽しいの?」っていう機械的なアクションなわけだけど、彼らはこういう動きを公式に肯定しているわけでしょ。ああもうこの人らは違うなと思ったわけですが、その曲に対する鹿野さんの評価はこちら」

つまり「時代の音楽」として世の中にすんなり入ってくる感じがあったんです。

司会者「「時代の音楽」ってなんだ」

レジー「それはよくわかんないんですが、ポジティブな評価であることには間違いないですよね。とにかく、僕とは異なるかつ僕には理解できない何かを基準に音楽を聴いているんだなあと思いますよ」

司会者「そういえば岡村さんの酷評に関して、このバンドのファンの方がこんなことを書いていました」

ロックバンドというより、ポップバンドに近いかも?(良い意味で)
なので、ミュージックマガジンの日本のロック部門で最低点付けれらたのも納得というか・・・(汗)。
てか、点数つけた岡村詩野さん、絶対セカオワ知らなかったよね。あの文章・・・。


レジー「この反応って、今の日本のロックシーンの状況、というか「邦ロック」リスナーの状況をすごく端的に表してるなあと思いました」

司会者「具体的には」

レジー「2つありまして、1つ目は「ロック」と「ポップ」の対比のさせ方。この方もわざわざ「ポップバンド(良い意味で)」と書いてますが、つまり注釈がない場合にはこの方にとって「ポップバンド=ロックバンドより劣るもの」って位置づけなんですよね。そもそも「ポップバンド」って言葉自体ちょっとよくわからないんですが、「ロック」という概念をすごく狭義で捉えていてそこからはみ出したものは異物として扱うっていう姿勢がわかりやすく表出しているなあと。で、2つ目が「絶対セカオワ知らなかったよね」ってところで、知らないと評価しちゃいけないのかっていうね」

司会者「背景知識がなくてもグッとくることありますよね、音が優れてれば」

レジー「ほんとそう思いますよ。この方が「何を知っていれば満足か」ってのはわからないですが」

司会者「本来はメンバーの関係性とかある意味どうでもいいんですよね」

レジー「まさにその通りなんですが、いつの間にか日本のロックシーンって超ハイコンテクストな文化になってて、「この人たちはこんなトラウマがあって」「このバンドはある理由があってこんな編成で、こんな事件を通じて一致団結して」みたいな情報なしでは楽しめないものになってるんですね。聴く側も評する側も。そういう背景があるから鹿野さんは世界の終わりを大絶賛するし受け取る側もそれに疑問を抱かないと」

司会者「うーん」

レジー「で、この手の話については去年kenzeeさんのブログでこれ以上ないってくらいの解説がなされてるので、ちょっと長いんですが引用します。UNISON SQUQRE GARDENがなぜあまり雑誌に取り上げられないの?って話からの流れでの発言なんですけど。てか前回「次回は短編かも」とか言ってたのに全然短くないな」

結局ね、スゴイ言語化しにくいタイプの音楽なんですよ。もっというと純粋に音楽的な音楽なんですよ。要するになにかの文脈に繋がるものではないので書きにくいのです。これが神聖かまってちゃんとか相対性理論とかだと言語化しやすいのですよ。つまり、かまってちゃんとかはネット文化との親和性みたいな文脈があるでしょ? 「オレたちの仲間」感がスゴイあるわけ。そうなってくると言語化は容易いのですよ。ところがユニゾンのようにただひたすら上手くていいバンドって日本の音楽ジャーナリズムってどう評価していいかわからないんですよ。やっぱりひきこもりのオタク青年が密室で叫んでる、これぞロック、みたいなのが書きやすいのです。社会論にすり替えられるから。音楽の話しないで済むから。そうするとそのプラットホームに乗るものはジャンジャン取り上げられるけど、言語化しにくいものは取り上げられもしない、ということが起こるわけですよ。たぶんオレが知らないだけでユニゾン的なポテンシャルを持ったバンドってもっといるんだと思う。でも「このバンドは上手いです」ではジャーナリズム成り立たないのですね。もちろんジャーナリズムの方がおかしいワケだけど。わかりやすく言いましょう。たぶんQJは山下達郎は取り上げても小田和正はとりあげないだろう。この感覚が理解いただければ日本のサブカルチャーがどういう論理で動いてるかおわかりいただけるかと思う。そういえばユニゾンを知ったのと同時期に世界の終わりというバンドも知ったのだけど、ボクは音楽的な戦略のあるバンドだと思ったの。でも、雑誌で世界の終わり見たら、なんか自前でライブハウス作ってエライ」とか「ボーカルの人とキーボードの人が幼馴染で」とか「ボーカルの人は昔精神を病んでたらしい」とかそんな話ばっかりなんですよ。これほど音楽雑誌って音楽の話しないものかと。世界の終わりは音楽的な取り組みのあるバンドだと思ったんだけど。

司会者「「このバンドは上手いです」では成立しないってのは、前回のトライセラの話にも通じますね」

レジー「トライセラもそうだし、最初に挙げたフォズもオウガも結構この文脈で説明できる気がするんだよね。あとはクラムボンとかハナレグミとかそういう類の人たちも。この記事はすごく面白いのでぜひ全部読んでみてください。てかこのkenzeeさんの記事がほぼ結論だから他に言うことなくなっちゃったな」

司会者「オチを有識者ブログの引用に委ねるとは」

レジー「いや、まあこの手のロッキングオン型人格語りジャーナリズムの功罪ってのは手垢のついたネタなので、僕が改めてごちゃごちゃ言うよりこういうわかりやすい論考を紹介した方が早いかと思いまして」

司会者「それは確かにそうですね」

レジー「ただ、結局その対極になりうるものがでてきてないのも事実で。ロッキングオンのやり方は限界が見えつつあるけど、ナタリーみたいな「批評はしない、情報だけ」ってところまで割り切ったメディアさえあればいいかっていうと個人的にはそれも違う気がするんですよね」

司会者「じゃあ最後に何かアイディアを出してもらえると」

レジー「そうですねー、まあそれがわかったら苦労しないよって話ではあるんですけど。僕としては、もっとアーティストのリスニング体験に特化した話が聞きたいですかねえ」

司会者「昔どんなの聴いてたとか今どんなの聴いてるとかそういうのですか」

レジー「うん。なんか精神世界を掘り下げたつもりでクリシェ振り回すパターンはもういいので、「この曲のこういうフレーズが出てきたのはかつてあのアーティストのこんな曲聴いてたのが影響してる」みたいな根拠のあるやつがいいな。自分のオリジナルだと思ってても結局は何かの影響を受けてるわけで、その背景を明らかにしてほしいなあと」

司会者「その発想自体が90年代渋谷系的なサンプリングカルチャーに偏ってて時代性を欠いてるって話もある気が」

レジー「まあそういう意見もあるかもですが、トラウマを語られるよりはよっぽど情報として有用だし、そのバンドのファンの一部でもそういう情報経由して音楽体験が広がればいいなと思いますよ。きれいごとではありますが」

司会者「わかりました。この辺りは永遠の論点だと思うので、改めてやりましょう。では次回はどうしますか」

レジー「うーんそうですね。いくつかアイディアはあるんですが、ちょっと一旦考えます。もうちょっとライトなネタをやりたいなと」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」
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