レジーのブログ(旧)

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「洋楽離れ」と「ビール離れ」の話 感想戦

司会者「先日のエントリー「「洋楽離れ」と「ビール離れ」の話」ですが、いろいろなファクターが重なってアクセスが爆発しました」

レジー「佐々木俊尚さんがこの前の柴さんのドリルスピンのコラムを紹介してたから「こっちも読んでください」って送ったらRTされたんですよね」

司会者「その柴さんからはこんなツイートがありました」



レジー「別の業界関係の方からも「洋楽をプッシュしてるような体力はない」というコメントをいただいたので、本当にないんだと思います」

司会者「「体力はない」って、それはそれで重いな」

レジー「そして柴さんの拡散を通じて、こんな方に言及されるという衝撃的な事態に」



司会者「これはびびりましたね」

レジー「うん。ここから一気にぐわーっと広がった」

司会者「反響いろいろ見ましたが、この規模になってくるといろいろ面倒な誤読もあったりしますね」

レジー「まあそうなんですけど、概ね楽しんでもらえてるような感じで良かったです。「洋楽とビールを比べてどうする」とか言ってた視野の狭い人には「ねぇ、どんな気持ち?」って言いに行きたいですね。不毛だから言わないけど」

司会者「(結構根に持つんだなこの人)プロのミュージシャンやライターなど音楽関係の方からもいろいろレスポンスがありましたね」

レジー「そうね。なるほどーっての結構あったんだけど、一番残念だったやつはこれね」

司会者「石田ショーキチさんね。スパイラルライフ、スクーデリアエレクトロの」



レジー「意見を言ってくれてるのかと思ったら言葉尻捉えて嘲笑してるだけだもんね。びっくりした。人のやってることの揚げ足とって高みから茶々入れることが美徳、みたいな90年代の悪しき側面を見た気がしてすげー不愉快だった」

司会者「「邦楽ロック好き」の話をしてるわけだからその象徴的な記号として「ロキノン」って言葉使ってるんですけどねえ」

レジー「まあちゃんと読んでないか国語力が弱いかのどっちかでしょ」

司会者「2ちゃんでもボロクソなんですねこの人」

レジー「とりあえずスピッツの「ハヤブサ」がすごく好きな僕としてはとても残念でした。あと石田さんとやり取りされてる方、裏方系の人っぽかったけど、「洋・邦が死語」ってのもどうなんですかね。現実を見ずに自分が見たい世界を妄想してるだけにしか思えないわ」

司会者「これ以上やると胸糞悪くなるので、生産的な意見を出してくれた人の話をしましょう」

レジー「そうですね。最初にくるり岸田氏からこんな見解をいただきました」








司会者「幅広く音楽を聴いている方らしい意見」

レジー「うん。で、この中には2つポイントがあると思っていて。1つは「辺境の音楽が手に入りやすくなった」って話、つまりは情報・商品の流通経路、要はメディアの多様化ですね。で、もう一つは「若者はより感覚的」というところ」

司会者「はい」

レジー「この2つは論を進めるうえで重要な視点になってくるかなと思います。で、それを踏まえてライターの石井恵梨子さんのツイートを見ていただきたいんですけど。石井さんはロックインジャパンネタのときも拡散していただいたんですよね。ありがとうございます」






司会者「この「馬鹿にされる」って感じはリスナーサイドでもある時代・世代まではあったような気がしますね」

レジー「そうですね。ある種「一般教養」的なね」

司会者「先日のエントリーをあげる前ですが、ちょうどkenzeeさんもそういう話をしていましたね

kenzee「昔は基礎教養のようなアーティストがいた。音楽好きなら最低知識として通ってるものだ。90年代ならオアシスがそれにあたる。ボク自身はオアシスとかブラーとかキライだったが、だが知識として「Morning Groly」とかイヤでも耳に入ってくるのだった。邦楽ではやはりコーネリアスと電気グルーヴが双璧だろう。テクノ好きだろうがヒップホップのトラックメーカーだろうが、ハウスやってようが基礎教養として君臨していた。そういうのがなくなっていったのが2004年ぐらいからだろうか。4ピースにバンドやってるクセにビートルズ聴いたことありません、みたいな子がでてくるのは」

司会者「もうロックの歴史ってケミカル(ブラザーズ)から始まったんですよね、みたいな子がでてきたんですよね」

kenzee「もうニルヴァーナ以前は紀元前みたいな感じなのよ。パンク風なのに「ピストルズってなんスか?ハイスタが青春ですがなにか?」みたいなことになってきたのが2004年ごろの気がするんだよね。CD屋の漠然としたアレだけど。で、一般の音楽好きが同時代の洋楽聴かなくなったのと同時期だと思うのよ。そうなると渋谷系育ちのボクなど、「教養」の意味から組み替えないといけなくなるのだな」

司会者「その割にさんぴん世代のラップ最高!とか言う現役アイドルがでてきたり。要は今の若い人って好きなもんだけ聴いてて問題ナシ、なんだね。羨ましいね」


レジー「kenzeeさんは「好きなものだけ聴ければOKで羨ましい」ってまとめてるけど、この辺は岸田氏の「感覚的」って話とつながるのかなと。こういう状況にどんなスタンスをとるかってのは意見が分かれるところですよね。教養主義の崩壊の是非というか」

司会者「この辺はジャンル違いにはなりますが、「教養主義の没落」という名著がありますので興味ある方はご参考にされてはいかがでしょうか」



レジー「わりと「洋楽離れ論」に通じる部分があるよね。たとえばこんなの」

わたしが教養主義の死を身近でつくづく感じさせられたのは、大学の授業で旧制高校の生活について触れ、教養主義についていくらかの説明をしたときのことである。ある学生が質問をした。「昔の学生はなぜそんなに難しい本を読まなければならないと思ったのか?それに、読書で人格形成するという考え方がわかりづらい」、という率直な、いや率直すぎる質問に出会ったときである。

司会者「この前書いた洋楽もビールもそうですけど、何となく「当たり前」になってるものが「素朴な疑問」によって突き崩される瞬間があるんですよね」

レジー「そうなんですよ。で、こういう状況が生まれつつある背景には岸田氏があげてたポイントの1つ目、メディアの多様化ってのが影響してると思うんですけど。岸田氏は「英米以外と英米」、つまり地域的な「横」の広がりについて述べているけど、これは時系列における「縦」の話とも関連すると思います。先日メール読まれた時のLIFEで佐々木敦さんがこんなことを言ってたんですけど

(ある世代より後の人たちは)遡っているという意識がない。これよりもこれが何年早い、というような意識を持って聴いていないということ。ネットによって、歴史的な順序が関係ない形、つまり「つぎはぎ」で体験するようになった。

司会者「ツイッターでやり取りする若い方が妙に90年代J-POP詳しかったりするのもこういうことなんですかね。「気に入ったもの」をただ聴いていくと時間軸を超えるというか」

レジー「ね。そう考えると、もはや「リアルタイムの音楽を聴く」とか「ルーツを遡る」とかそういう概念自体が非常に曖昧なものになってるのかなとか」

司会者「「洋楽」の話で言うと、YouTubeというプラットフォームに乗っかってしまえばビートルズもストロークスも同じように処理されちゃう時代ですからね」

レジー「そうは言ってもルーツ、つまり古典は大事よね、というのがユニゾンスクエアガーデンの田淵氏です」












司会者「「「俺これ好きなんだよー君はどうか知らんけど」ぐらいが丁度いい。暑苦しかったり押し付けがましいのは見てて辛い。」これはほんとその通りですね」

レジー「ここは完全同意です。で、そもそも何で洋楽の地位が下がっていったんですかねーみたいな話を引き続きしたんですけど」







司会者「ふむふむ」

レジー「ゼロ年代頭にメロコア、半ばでギターロック。この手の邦ロック伸長で、ロック以外の音楽も含めた海外の音楽全般の地位が相対的に低下したと。で、ここに付け加えるとすると、たぶんこういうサブジャンル間のパワーゲームが行われている中で音楽そのものポジションが低下していったんだと思います」

司会者「以前記事にした「必修科目」と「選択科目」という話ですね

レジー「そうです。90年代の音楽は娯楽の「必修科目」で、そのサブジャンルとしての「洋楽」というものに存在感があった。それが、ゼロ年代になるといわゆる「オタクカルチャー」の隆盛があり、それと入れ替わるように音楽は「選択科目」になり下がったと」

司会者「「選択科目」の中でサブジャンルを成立させるのはなかなか難しいってことですかね」

レジー「そういうことなのかもね。この前「洋楽を聴いてる人数は減ってるけど、それはリスナーの総パイが減っているからであって、総パイにおける洋楽リスナーの比率は一定なのではないか」っていう指摘を友人から受けて、それはもしかしたらそうなのかもしれないなと」

司会者「もしそうだとすると、「洋楽を聴こう」運動はすなわち「洋楽リスナーの比率を「音楽=必修科目」だった時代よりも高めるための運動」になるわけで、なかなかハードですね」

レジー「うん。だから本来やるべきことは、「洋楽を聴こう」ではなくて「もっと音楽を聴こう」なんだよね。で、そのきっかけになり得るものの1つとして「洋楽」ないしは「海外のロック」というものがあるだけなんじゃないかな」

司会者「絶対的なものではないと」

レジー「断じて違う。たとえば前回取り上げた柴さんのコラムとか聴かないと損するのまとめとかで対象になってた「邦楽ロック好き」の人たちは、別に日本のアンダーグラウンドヒップホップに触れて聴くジャンルが広がったっていいと思うんですよ」

司会者「そういう「相対化」というか「振れ幅」なく「海の向こうこそリアル、洋楽聴くべし」って感じになってたのがあの辺の記事に対する違和感の原因だったんですかね」

レジー「そうかもしれないです。書いた方々はそんな意図はないって否定すると思うけど、そういう印象を受けてしまったのは否めないです」

司会者「長くなってきたのでそろそろまとめに入りたいと思うんですが。今回は「こんな意見がありました」っていう紹介が主なので特に結論はないかもしれないんですけど、最後に改めてご自身のスタンスを明確にしていただければと思います」

レジー「そうですね、僕自身も基本的には「みんなもっといろんな音楽聴けばいいのになー」って思ってるから、気持ち的には前述の記事を書いた人たちとそんなに変わらないはずなんですよね。ただ、それを実現するための手段を「洋楽」に限定するのは違うと思うし、発信者側が自由な発想を持たないと受容者側も楽しく受け取れないんじゃないかなあと感じました」

司会者「このブログ自体、日本の話に偏ってはいますけどベースにある思想は「こんな音楽の楽しみ方もあるよってのを知ってほしい」ってところですからね」

レジー「だからアイドルの話とか混ぜてるんだけどね。で、ここから前回の予告部分につながるんですけど、個人的には「邦楽」と「洋楽」の断絶よりも「邦ロック」と「邦アイドル」の断絶の方が由々しき問題だと思ってるので、次回もしくは今年のライブ総括を挟んだその次にそういう話をしたいと思います。最後になりましたが、前回の記事について感想を発してくださった方々ありがとうございました」

司会者「しかし改めてツイート見ると、ユニゾン田淵氏の誠実さが際立ちますね」

レジー「ほんとですよ。最後こんな激励までしていただきまして」



司会者「感動」

レジー「ね。こういう時代に音楽をどう届けるか?ってところに自覚的だからやり取りしてても楽しかったし。というわけで、今後ユニゾンを応援するスタンスをとりたいと思います。フェスで見たことあるくらいなので、とりあえず音源を聴くところから始めます」

司会者「2月に新しいアルバム「CIDER ROAD」が出るみたいなのでみんな買いましょう

レジー「ここが今回一番言いたかった部分ですね。僕も買います。というわけで、次回は今年のライブ総括か「邦ロック」と「邦アイドル」の断絶についてのどっちかの予定です」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」
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