レジーのブログ(旧)

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「ロック」を崇拝し「アイドル」を侮蔑する人々 感想戦

レジー「いやー新年早々びっくりしましたわ」

司会者「前回のエントリーが大爆発しました」

レジー「今までのどのネタよりもはるかにすごかったな」

司会者「特に目新しいこと言ってないわりには食いつきが凄まじかったですね」

レジー「「ロキノン型ジャーナリズムは音楽の話をしていない」「アイドルをバカにするお前がバカということに気付け」「作詞作曲自分探しごっこを絶対視してどうする」って、結構いろんなところで言われてることなのにね。みんなお正月で暇だったのかな」

司会者「これだけ広がるといろんな反応があったと思いますが」

レジー「そうね。ちょうど先日kenzeeさんが「最初は「面白い!」みたいな反応ばっかりだがだんだん変な揚げ足取りとかが混じってくる」って話をしてたんだけど、まさにですね。今回一番すごかったやつを要約するとこんな感じ」

別に司会者なんていなくて、レジーって人が一人で書いてるんでしょ?内容以前に、そもそもどっかのおっさんが一人寂しく架空の対談をでっち上げてることから問題にすべきでは?

司会者「これは」

レジー「速攻でkenzeeさんにも通報しました」

司会者「こういうツッコミをして「いいこと言ってやった(ドヤァ」ってなってる感性の方がよっぽど寂しいですね」

レジー「たぶん一人芝居とか落語とかそういう娯楽のことを知らないんじゃないかな。まあそんなことはいいんですよ。今回も先日の洋楽離れビール離れの記事のように著名な方からもレスポンスをいただきました。で、紹介したいのがダイノジの大谷さんのブログ。すでに割と拡散されてるみたいだけど、これはぜひ全文読んでください」

司会者「「ロック」「アイドル」双方への目配せと愛が行き届いている素晴らしい文章です」

レジー「弊ブログに関しても、「面白おかしく返信」とかニュアンスを汲んでいただきまして。で、この記事で特に触れておきたい部分がここ」

何より。

”ミッシェルガンエレファント”ショック経験してますからね。

あれが70万枚売れた時代を見てますから。

イギリスみたいなチャートになるんじゃないかと思ってワクワクしたんですから。

ロックフェスがこの国で始まるときのあのドキドキ感を体感してますから。


司会者「ここは世代ど真ん中のところですね」

レジー「初回のフジロックが97年。98年の夏に2回目のフジロックが豊洲で行われて、98年11月にミッシェルの「ギヤ・ブルーズ」が発売。当時高1から高2で音楽にどんどんのめり込む時期だったから、大谷さんが言ってる「ワクワクドキドキ感」ってのはよーくわかります」

司会者「以前も書きましたが、豊洲でのミッシェルのパフォーマンスは生で見てるんですよね」

レジー「ステージ付近でもみくちゃになりながら。中断も体験しましたよ。で、改めて考えてたんですけどやっぱりこの時代ってのはある種「特別」な時代だったなあと」

司会者「ちょうどくるりの岸田氏もこんなことをブログに書いていますね

もちろん、このツアーは、くるりの最新アルバムであり、最高傑作でもある「坩堝の電圧」発売記念ツアーでありますが、もう一つ、個人的に重要なテーマを孕んでいます。

開場中のBGMは、僕がセレクトした1990年代後半に活躍した欧米のロックバンドや、ミュージシャン達の曲を使ったプレイリストです。

くるりがデビューした当時、僕たちもお客さん達も、足繁くCDショップに足を運び、試聴機に耳を傾け、なけなしの金で新譜や名盤シリーズを買いあさりました。

メンバー同士やバンド仲間、スタッフ同士で交わす話は、新譜の情報交換が殆どであり、自然と「最初は二曲目のシングルばかり聴いていたけど、七曲目からの流れがヤバいことに気づいてからこのアルバムすきになった」とか、そういう話で盛り上がっていました。


レジー「くるりがメジャーデビューシングルとして「東京」をリリースしたのが98年10月だから「ギヤ・ブルーズ」のちょっと前なのか。そう考えるとあの時期ほんとすごいな」

司会者「「ギヤ・ブルーズ」が70万枚とかちょっと意味が分からないですね」



レジー「シングルでも握手券とかバージョン違いとかなしで200万枚売れちゃう時代だったから70万枚くらいだと当時は目立たなかったけどすごいことだよね。で、この時期って、今であれば「邦ロック」みたいに括られるバンド群がいわゆるJ-POPと立ち位置的にかなり接近してたと思うんですよ」

司会者「イエモンやエレカシが普通にタイアップとって地上波の歌番組出てましたからね。トライセラやバインなんかがしれっとMステに出てたり」

レジー「そうそう。この前ヘイヘイヘイの最終回に奥田民生が出てて、ダウンタウンと小室哲哉と並んで喋ってたんですけど。この線引きのない感じがすごく90年代っぽいなあと思って見てました。でね、ここは印象論なんですけど、この時代をリアルタイムで体験している人って、あんまり「ロック最高!アイドルクソ!」みたいな選民意識には陥っていないような気がするんですよね。当時は「邦ロック」とか「ロキノン」とかそういう言葉でのカテゴライズはされてなかったし。そもそもあのころはアイドルが死んでた、出始めのモーニング娘。くらいだったって話もあるだろうから、ここでいう「アイドル」を「チャートものJ-POP」と置き換えてもいいかもしれない。メディア環境の違いも大きいと思うけど、そこまで「ムラ」化はしてなかったと思う」

司会者「この前の記事への反応を見てると「自分の周りはどっちも同じように楽しんでる人が多いけど・・・みんなそうじゃないんだろうか」ってのがいくつかありました」

レジー「たぶん主には僕と同じくらいかもうちょい上の世代の方々の反応なんだよねそれ。僕もずっとそう思ってたんだけど、このブログ始めて、たとえばロックインジャパンの記事に反応してくださってた方々のツイッターのプロフィールとか見るにつけ、いやいや全然そんなことないぞと。まだまだ壁はなくなってないなあと認識を改めました」

司会者「プロフィールにロックインジャパンに出るようなバンドを書き連ねてる大学生の「俺もこの構造にはまってるなあ。気をつけよう。まあでも俺はアイドルなんて聴かないけどね」みたいな反応もありましたね」

レジー「ここについては単純に年を重ねれば多様なものを受け入れられるって話なのか、やはり90年代の邦楽シーンを体験してるのが大きいっての話なのか、厳密にはあと何年か経たないとわからんですが」

司会者「ともあれ、こういう何かしら考えるきっかけになる指摘はありがたいですね」

レジー「そうですね。この流れで個人的に気になったやつをいくつか紹介したいと思います。楽しんでいただけた方はたくさんいたっぽいので、ネガティブな意見を中心に」

■「音楽の話をしよう」が結論なのは雑では?

レジー「これは結構おっしゃる通りですね」

司会者「あの記事の既視感の原因になってる部分ですねおそらく」

レジー「書いてるときはうまくまとまらずああいう結論になってるんですが、正しくは「作り手の自意識語りから解放されよう」って話になるのかな。これも全然普通なんですけど」

司会者「「俺の自意識がすごいからこんな作品ができた。今からその自意識について語る」「ですよねー!その内面の悩みすごい!」ではなくて、外部要因も含めて作品ができる背景にあるいろんな要素を解きほぐすための話法が必要なんじゃないかってことですよね」

レジー「2011年に出たPLANETSに載ってる「今、音楽批評は何を語るべきか?」で宇野常寛さんが言っている「環境分析的な視点の導入」って話が一番しっくりくるかも。これちょっと前の鼎談だけど問題意識はすごく近い、てか僕自身がこれに触発されてる部分が結構あるのでぜひ読んでみてください。フェスネタの時も引用してますが」



■「代弁してくれてありがとう!(アイドル好き)」もしくは「アイドルオタの自己満足きもい(ロック好き、アイドル嫌い)」

レジー「これについては、良かったら他の記事も読んでいただければなあと思います。僕アイドルも好きですけど、日本のロックも大好きなんですよ」

司会者「アイドルファンを擁護するための文章みたいに捉えられてしまったとするとちょっと残念ですね」

レジー「うん。「自分のジャンルを正当化するために、他のジャンルにレッテルを貼って貶してる人たち」に対しての違和感の表明なので、「「アイドル」を崇拝し「ロック」を侮蔑する人々」にもあの記事は向けられているとご理解いただければと思います」

■「“アイドルも聴く俺”アピールうざい」

司会者「これ条件反射的に言う人いますよね。この発言そのものにアイドルへの差別意識が温存されてるわけですが」

レジー「「“ダサいジャンルであるアイドルにすら良さを読み込める感性が豊かな俺”アピールうざい」ってことを主張したいんですよねおそらく。「アイドル=ダサいジャンル=それゆえ、それをあえて聴いていること自体がアピールになる」っていう意識が前提にあるからこその発言かと」

司会者「冒頭の90年代話ともつながりますけど、ここで言う「アピール」みたいな話とは関係なくフラットな気持ちでロックもアイドルも楽しんでる人ってのは確実に存在してますよね」

レジー「うん。そういう人たちはいい意味でミーハーなんだろうなあと。盛り上がりつつあるシーンがあるから聴いてみたら面白かった、っていうシンプルな話。そこに「あえて」みたいな気持ちは入り込んでないはず」

司会者「一方で、この「あえて」構造にはまってる人がいるのも確かですよね」

レジー「それはそうね。まあこれって、日本のポップカルチャー史においていろんなところで繰り返されてる構造なんじゃないかと思うんですよ。たとえば輪島裕介さんの「創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史」には、演歌というジャンルが形成される中で「自覚的な転向を果たしたインテリ」が「低俗と言われているものを“あえて”担ぎ出す」様子が克明に描かれています」

司会者「この本はすごく面白いのでおすすめです」



レジー「最近の「非オタク層を取り込みオタク市場が拡大」みたいな話も、「あえて」層がある部分支えてるんでしょうね」

司会者「エヴァの映画見に行った翌日俺アニオタでさーとか言う人ね」

レジー「で、それをdisる人が存在すると」

司会者「どのジャンルも一緒なんですかね」

レジー「それ系の話の中でアイドル特有の話があるとするとあれか、「俺○○はアイドルだと思ってないから」ってやつか」

司会者「あー。あれもアイドルを馬鹿にしてるがゆえの発言ですよね」

レジー「好きならアイドルだろうがなんだろうがいいはずなんだけど、「アイドルを好き」という事実を受け入れられないんだよね。この辺は以前MARQUEEいじったときに散々やりましたけど」

司会者「この○○に入るアイドルって最近はももクロが代表格だと思うんですけど、それ以外にいますかね」

レジー「ちょっと前まではPerfumeですよね。まあなんかこういう「アイドルを聴いてる俺アピール」とか「○○はアイドルと見てない」とか、この手の話法については改めて事実関係を整理したいなあと思っています。そもそもの音楽シーンの盛衰とアイドルシーンの盛衰、宇多丸界隈のアイドル語り、Perfumeのブレイク、映画「モテキ」、いろいろ要素はあると思うんですよ。この辺の話はすでにどっかで語られてるような気がしますので、誰か詳しい方いたら教えていただけると嬉しいです」

司会者「わかりました。長くなってきたのでぼちぼち締めたいのですが、この話どうまとめましょうかね」

レジー「いやー、もはやまとめるも何もないでしょ。大谷さんも「プロレスする気概」みたいなこと言ってたけど、いろんな方が何かを語るきっかけになったのであれば良かったです。ただ一点、全然触れられてないジャンルがありますね。男性アイドル、ジャニーズについて」

司会者「ほう」

レジー「90年代半ばに「007~Gold Singer~」で音楽的に評価されてから最近のサカナクションに至るまでのSMAPの流れ、キンキキッズと山下達郎松本隆の話、嵐のターニングポイントになったとも言われている「a Day in Our Life」、最近のV6などなど、「アイドルの音楽ちゃんとしてるよ」って話をするうえでジャニーズの話は避けて通れないですよね。ここは「ジャニ研!」読んで勉強しますわ」



司会者「最近だと山ピーも相対性理論に曲作ってもらったりね。そして今度の曲はパスピエですよ」

レジー「そう!これ超ビッグニュースですよ。パスピエに突如として動きがあったので、次回はパスピエについて書ければと思ってます」

司会者「最近波風立つ系が多かったので、次回は穏当な感じで」

レジー「とりあえずパスピエご存じない方はこちらの記事を読んでお待ちください」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」
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