レジーのブログ(旧)

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カバー駄話 感想戦 -- 「ストーリー」「必然性」「文脈」は必要?不要?

司会者「3つ前のエントリーになりますが、先月末にアップした「カバー駄話 -- 小沢健二と「生と死」、『エイリアンズ』と「拡張現実」」についていろいろと反響があったようです」

レジー「結構拡散されたみたいだよね。比較的さくっと書いた記事だったので予想外でした」

司会者「念のため、記事の結論部分を再掲しておきましょう」

結局「いいカバーか否か」ってのはこの「必然性」の部分に尽きると思うんですよ。もちろん「素朴にいい歌」とか「原曲に自分たちの個性を注ぐ」とかそういうのは前提条件ですよ。この「必然性」ってのにも2種類あって、「この人がこの曲をカバーする必然性」って話と「この時代にこの曲をカバーする必然性」って話。

レジー「で、今回はこの記事の反響についてやりたいんですけど。トラックバックを1ついただいたので最初にそれを紹介したいなと」

司会者「「After~小田和正さん・鈴木康博さんのライブレポを中心に~」にて、『エイリアンズ』を小田和正さん・鈴木康博さんのお2人、つまりオフコースのメンバーがそれぞれカバーしてる旨について書かれています」



レジー「こっちのバージョンも渋くていいね。で、次にこれは直接ブログと関係する話ではないんですが、『エイリアンズ』のこんなカバーがいいタイミングでTL上に回ってきたのでご紹介。所沢の女子高生だそうです」



司会者「これすごくないですか」

レジー「感激しました。他の音源もあるんだけど素晴らしいよ。大人っぽいと思いきや少女っぽくなったり、ギター一本と歌で全く飽きない。表現力がすごい。弾き語りしてる選曲を見てる限りでは『エイリアンズ』も「自分が好きで歌いたい曲の1つ」ってことなんだと思うけど、ちょうどああいうエントリーを書いたばっかりだったのでいろいろ深読みしてしまいました」

司会者「所沢ってのも曲の世界観にあってますね。続いて、ブログの趣旨に関する反響を2つ紹介したいと思います。1つ目が「pitti blog」の「ロックフェスのストーリー性について」という記事です。「TOKYO ROCKSのチケットを買わなかった理由」というエントリーで展開される「それぞれのロックフェスに通底するストーリー」という話に違和感を表明したうえで、こんなことが書かれています」

先日のレジーさんの「カバー駄話」を読んだ時もそう思ったのですが、音楽にストーリー性を求める時代はいいかげん終わりを迎えつつある気がします。もちろんRSRにPerfumeが出た事が事件になったのは、今までRSRに確固たる物語があったからですが、大した事件にもならずスガシカオやBEGIN、山下達郎、ONE OK ROCK、Superflyが出演するなんて、いい時代だと思いますよ。僕が高校生の頃のRSRは当時知らないバンドばかりだったし。

というわけで、JA岩見沢ことJOIN ALIVEにでんぱ組.incが決定した事も、「普通だなあ」と思いました。


レジー「山下達郎のライジング出演は大事件になってたと思うけどとりあえずそこは置いておきますか」

司会者「はい。で、2つ目が「いちにちいちにちざっかん」の「カバーと歌い手」という記事で、ニコニコ界隈の歌い手文化について話を展開しています」

レジー「この前の記事を書いたときに「歌い手」については頭の片隅にもなかったので、こういう形で補強いただけるのはありがたいです。この記事では、「アクセス至上主義」でとりあえず有名Pの曲を歌う人たちへの違和感を、先ほど再掲した「その人の必然性」「時代の必然性」という考え方を援用して説明しています」

「人気取れそうだから速攻で歌う」というすげー短絡的な理由で歌ってみた(≒カバー)をしてるんで、どっちにも当てはまらない。
 しいて言うならば曲に愛がない。行動にも愛がない。モテたいからバンドを組みたいレベルの発想。だからイマイチ今の歌い手文化が好きになれないのかなと思ってしまった。あまりにも原曲への愛が見えなさすぎて。


司会者「ふむ」

レジー「これについてはすごく共感するのですが、気になったのはこの記事についてたコメントです」

でもボカロっていくら調教良くてもやっぱり人間の声とは決定的に違って聴こえるから、「人間の声で聴きたい」というニーズは根強くあるんじゃないでしょうか。
つまり「人間が歌う」というだけでもう「必然性」は満たされていて、あとは歌が上手ければ誰でもいいのかも。
実際のリスナーの価値観は、引用されているブログの主張とは全く相容れないんでしょうね。


司会者「「実際のリスナー」がどういう人を指してるのかはわかりませんが、この前の記事で書いた内容とは真っ向から対立しますね。楽曲や演奏者を取り巻く必然性というものは別に関係ないんじゃないの?という主張です」

レジー「こんなふうに、もはや「必然性」とか「ストーリー」とかいらないんじゃね?って話が出てきているわけですね」

司会者「そういう感じが支配的になってるんですかね」

レジー「まあ実際そういう部分はあるんだろうね。で、「ロックフェスのストーリー性について」「カバーと歌い手」それぞれの反応に関する話をしていきたいんですけど」

司会者「はい」

レジー「まずは「ロックフェスのストーリー性について」の方から。この記事ではPerfumeやでんぱ組、つまりアイドルに関する話が出てきています。こういう「旧来の価値観ではロックフェスのストーリーにそぐわない人たち」が普通にフェスに出てることから「フェスのストーリーとかそういうのではなくて、もっとフラットに楽しもう」みたいなメッセージが根底にあるのかと思ったんですけど」

司会者「直近のももクロがオズフェストに出るって話もここに包含できるかもしれないですね」

レジー「うん。で、ここで僕が指摘したいのは、このあたりの出来事って「アイドルのストーリーがフェスのストーリーを凌駕してる」って話であって、「「ストーリー」「文脈」が不要になってきてる」ってことじゃないのでは?いうことです」

司会者「なくなるのではなく主体が移ってきてると」

レジー「結局昨今のアイドルブーム自体が「ストーリーをめぐる争い」になってると思うんですよね。どうも僕自身ももクロにもでんぱ組にも乗れないんだけど、その理由ってたぶん「ストーリーをめぐる争いにおける戦い方があざとすぎる」からなんですよ。ももクロがやってることって、オズフェストの件に限らず一言で言うと炎上マーケティングでしょ。僕的にはAKBよりはるかに戦略的で計算されてるように思える。でんぱ組も『W.W.D』で一気に火がついた感じだけど、あれって要はJAPANの20000字インタビューとやってること同じじゃないですか。自意識語りをうまいことツールとして使ってて、そういうのを「ロック!」と思う人たちが反応してるようにしか見えないんですよね。どっちも遠巻きに見てるだけだから印象論でしかないんだけど」



司会者「あーなるほど。一方で、この手のストーリーが提示できないアイドルは苦しくなってると。女子流とかトマパイみたいに」

レジー「そう思います。ちょっと話それましたけど、今アイドルは「ストーリー合戦」になってて、逆にロックフェスはコモディティ化してストーリーの発信なんてできなくなっちゃったから、強いストーリーを持ってるアイドルと共同戦線を張ってるってのが実態かなと。こういう観点で見ると、「音楽にストーリー性を求める時代」ってのは全然終わってない。むしろもっと刺激の強いストーリーが求められる時代になってて、だからこそアイドルが強くて、「自分たちが好きなことを淡々とやればいい」みたいな風潮の強いロックシーンは世の中的に見えてこない、って構造になってるんじゃないのかな、というのが1つ目の話」

司会者「一個気になるのは、そういう「ストーリー」ありきの楽しみ方をしてるのが世代が上めの人なんじゃないかってことですよね。この手の話をしてくと「おっさんの戯言でしょ」になるリスクがあります」

レジー「そうね。そこはもっと言うと、「アイドル戦国時代とか言うけど、積極的に受容してるのっておっさんだけじゃないの?」みたいな話につながってくるわな」

司会者「確かに」

レジー「ここはそのうち改めて考えたいと思ってます。で、次にもう一つの記事、「カバーと歌い手」についてなんですけど」

司会者「「今時のリスナー」は「ストーリー」とか「文脈」とかもはや関係ない、って話はいろんなところで出てきますよね」

レジー「そうね。以前書いた洋楽離れの記事で教養主義の崩壊って話をしましたけど、要は「これ聴いてるならこれも聴くべき」みたいな話が鬱陶しいってことでしょ。俺/私が好きなの聴いてるのに何がいけないの?と」

司会者「その考え方そのものは全く間違ってないですしね」

レジー「うん。で、たぶんこの感じは音楽だけの話ではなくて。何日か前に「オタクにとっての「教養」は崩壊した。次は「常識」がなくなるだろう。」って文章が話題になっててあーどのジャンルでもそうなんだろうなーと思いました。課金しないと途中までしか読めないんですけど、印象的な部分はこの辺」

昨日のラジオでも少し話したんですが、オタクにとっての「常識」というものが急速に崩壊しつつあるようです。「あの作品を読んでいないのはオタクとしてダメだよねー」みたいなオタク教養主義はとっくに崩壊したけれど、教養なんてものじゃない「これはさすがに読んでいるだろう」みたいな作品でも、「存在すら知りません」ということがありえるようになった。

 ぼくはそれを非難するつもりはないけれど、やっぱりね、もったいないとは思う。


司会者「この手の話は結構盛り上がってるみたいですね。「オタク 教養」でググるといろんな話が出てきます」

レジー「世の中全体の流れなんだなあと。で、最近友人から勧められてチャールズ・テイラーの『<ほんもの>という倫理 近代とその不安』という本を読んだんですけど」



司会者「1991年の本で、翻訳出版されたのが2004年。少し前の本ですね」

レジー「「自分探し」問題の結構本質的な話が書かれているように思えたのでちゃんと再読したいんですけど、冒頭で定義されている「三つの不安」ってのがすごく印象に残ってまして」

さて以上が、わたしが本書でとりくもうとする三つの不安です。まず第一に、いわゆる意味喪失についての危惧が、いいかえれば、道徳の地平が消失することについての危惧があります。第二の危惧は、わがもの顔の道具的理性を前にして、目的が侵食されてゆくことへの危惧です。そして第三には、自由の喪失をめぐる危惧があります。

司会者「個人のナルシシズムが横行すること、ありとあらゆるものが効率や合理性に回収されること、その2つの帰結として実は個人の自由が失われてしまうこと、というのが含意ですね」

レジー「この辺の話って、今回書いたこととか最近の日本の音楽を取り巻く状況をうまく言い表してる気がして。「(文脈とかどうでもいいから)自分が好きなものを聴きたい」って話と「盛り上がれればOK!(そういう機能的な音楽を聴きたい)」な空気、「アクセス重視!」の歌い手の人たち、なんかそういうものがごった煮になった結果、「ネット上に無限の音楽空間が広がってる、自由に音楽が聴ける!」とか言いつつ実際にはものすごーく狭い範囲で音楽を聴いている、でもそれを「自由」だと思っているみたいな」

司会者「あー」

レジー「そりゃストーリーとか言われてもピンとこないわな。むしろ「自分の選択の自由を阻害するもの」みたいに思われるんじゃないかな。何かこの「自分で決めることへの絶対的な信仰、強迫観念」みたいなのって普段生活してても感じることあるよね。『ブラック企業』の著者である今野晴貴さんが以前こんなことツイートしてたんですけど」






司会者「「自分らしさ」は全ての概念に勝つと」

レジー「それがほんとにいい世の中とはあんまり思わないけど、そういう風潮がエンターテイメントと接する際の姿勢にも反映されてるんだろうなあとか思いました」

司会者「なるほど。ぼちぼちまとめに入りたいと思いますが、先日の記事への反響から、

・なんだかんだで音楽におけるストーリーみたいな話は求められている、でもそれを強く発信できる主体が変わりつつある
・自分が聴きたいものを聴けば良いからストーリーなんて関係ないという空気は、世の中全体の大きな風潮とつながっているのでは


という話をしてきました。この2つってなんだか矛盾してませんかね。一方ではストーリーが求められて、一方では必要ないという話になっている気が」

レジー「僕としては、「矛盾してる」のではなくて「それぞれの考え方が混沌として存在している」と捉えています。で、その混沌の中でポップミュージックというものをどう定義してどう発信するか、ということをいろんな人たちがトライしている状況なんじゃないかと思います。そんな中で、そこを今一番ラディカルにやってるのがダイノジの大谷さんかなと。先日オールナイトニッポン初めて聴いたんですけど」

司会者「ほんとにずっと音楽の話をしててびっくりしましたね」

レジー「うん。僕が聴いた回でトライセラの『Raspberry』について語っててすごい面白かったんだけど。リスナーに対して番組全体を通して音楽シーンの「縦と横」、歴史的な位置づけとその時代のシーンにおける意味みたいな話をがっつりやってて。で、素朴に思ったのは「これ若い人が聴いてても面白いのかな?」ってことなんですけど」

司会者「今回触れた「ストーリーとか文脈なんて関係ないし」って人たちからすると全く響かない可能性もゼロではないですよね」

レジー「うん。あの番組が世間的に、特に10代とかの若い人たちにどう受け入れられるかってのは、今後の日本の音楽シーンを考えるうえで大きな試金石になるのかもね。中には回顧主義的にとらえる人もいるのかもしれないけど、僕としては全面支持です。陰ながら応援していきたいと思いますし、自分としてもそういう情報発信ができればいいなと思っています」

司会者「わかりました。では今回はこの辺で。次回はどうしますか」

レジー「来週tofubeatsのアルバム出るんだよね。その辺の話やりたいんですけど、間に合うかわからないので予定は未定で」



司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」
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