レジーのブログ(旧)

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日本にはミッシェルガンエレファントというロックバンドがいました -1998と2003の夏に関する個人的回想

司会者「明日7月22日はミッシェルガンエレファントのギタリストだったアベフトシの命日です」

レジー「2009年のことだからもう4年経ったのか。早いね」

司会者「あっという間ですね」

レジー「個人的にはその間に転職もしてブログも始めて、その他いろいろと激動の4年間だったと思います」

司会者「地震もありましたしね」

レジー「そうそう。社会的にも位相が変わってるよね。で、こういうタイミングで改めてミッシェルのことを考えるのもいいかなと思うので、今日はそんな話をしようかと」

司会者「わかりました」

レジー「てかああいうギタリストってあんまりいないよね。あんなにかっこよくカッティングする人少なくとも日本にはいないんじゃないか」

司会者「マシンガンみたいですよね」

レジー「『バードメン』初めて聴いたときに随所で入ってくるカッティングにすごい興奮した記憶がある」



司会者「今聴いてもかっこいいですね」

レジー「やばい」

司会者「ミッシェルとはどんな感じで関わってたんですか」

レジー「自分にとって超重要バンドなんですが、最初に言ってしまうと実は後半の数年、ゼロ年代に入るくらいからはそこまでヘビーなリスナーではないんですよね」

司会者「そうなんですか」

レジー「これは単純に自分の環境の問題で、大学入ってその手の音楽聴く友人が周りから減ってちょっと距離感ができちゃったって話で」

司会者「なるほど。ライブには行ってたんですか」

レジー「これも実は2回だけです。前も書いたけど、当時は前代未聞だった横浜アリーナのオールスタンディングライブも金がないとかで行ってないんだよね。ほんとにもったいないことをした。でもその2回ってのにものすごいインパクトを受けました」

司会者「初めて見たのは97年のスイートラブシャワーですね。ゴールデンウィークに野音で行われました」

レジー「以前この記事でも書いたんだけど、前座がマグースイムで、フラカン、Cocco、ホフディラン、サニーデイ、山崎まさよし、ミッシェルが一堂に会するっていうなかなかのイベントだったんですよ。特に見たかったのはサニーデイとまさよしでした」

司会者「ミッシェルはどうでしたか」

レジー「いやー、すさまじかったですよ。ミッシェルはこのライブの前の年に出た『世界の終わり』がほんと衝撃的で。あんまりああいう音聴いたことなかったんだよね。轟音なんだけどメロディからは切なさが感じられて、ちゃんと「うた」としても成立してるっていう。どっちかしかないと思ってたから」



司会者「ミスチルとかスピッツとかその辺メインで聴いてた時代ですもんね」

レジー「うん。で、ライブで見たらまさにそんな「轟音だけどメロディアスな世界」ってのが展開されてて。あれはかっこよかった。初めての夜の野音っていう雰囲気も相まってとても興奮しました」

司会者「ちなみにイベントの司会がブレイク前のユースケサンタマリアとリサスティッグマイヤーでしたね」

レジー「ユースケ面白かったなー。トリがミッシェルだったんだけど、セッティング中に出てきて喋ってる時に「いよいよ最後のアーティストですね!次に出てくるのは・・・ルナシー!!」って言ってたのがすごく印象的でした」

司会者「売れる前から面白かったんですね」

レジー「ね。で、2回目に見たのが翌年のフジロック。前年の2日目中止を受けて、豊洲で行われた年です」

司会者「暑かったですね」

レジー「暑かった。当時高2だったけど、周り大人の人ばっかりで紛れ込んじゃった感が半端なかった」

司会者「この話は以前Lifeでメール読まれたりもしました

レジー「で、ミッシェルは2日目のたぶん2つ目のアクトかな。太陽が高いところから照ってる時間に出てきて。有名な話ですけど途中で中断があって、っていうほんとに伝説的なステージで」

司会者「YouTubeにフルであるみたいですね」

レジー「これ知らなかった。いい時代だよねほんと。5つに分割されてるみたいなんだけど、とりあえず最初2つはぜひとも見てほしいです。そして続きも見てみてください」





司会者「いろいろと凄まじいですよね」

レジー「今でも覚えてますよ。ほんともみくちゃになって、終わった後はもう脱水症状みたいな感じだった。夕方まで再起不能になってた記憶が」

司会者「この年の11月に『ギヤ・ブルーズ』が発売になります」



レジー「考えてみたらこれもすぐには買ってないなあ。友達に借りた記憶が」

司会者「さっきの横浜アリーナも含めてどんだけお金ないんですか」

レジー「なんだったんだろう僕の高2の秋から冬にかけて。お金じゃない理由で何かあるとすると、僕この時期わりと内省的な気分で、ベルセバばっかり聴いてたんですよ確か」





司会者「あー」

レジー「ちょっとモードが変わってたんだよね。とは言いつつ、このアルバムはそんなこと関係なく頭ぶち抜かれた感じで。ちょうどリリース直前に、フジテレビの『FACTORY』でミッシェルのライブやってたんですよ」

司会者「アルバム曲も大体演奏してましね」

レジー「これ録画して、文字通りテープが擦り切れるまで見た」

司会者「このライブも動画ありますのでぜひ」

レジー「この『アッシュ』って曲が超好きでね」



司会者「コピーしてましたねバンドで」

レジー「あーやったやった。軽音部引退した後に暇な人で集まってちょっとやったんだ。人前ではやってないけど」

司会者「ミッシェルのコピーバンドは他にいくつかありましたね」

レジー「ミッシェル、ブランキー、ハイスタあたりやってたバンドはかっこよかったなあ。ライブも盛り上がってたし。僕がやってたのはミスチルとかイエモンみたいなJ-POPとオアシスとかローゼズあたりのUKものだったりであんまり盛り上がらなかったね」

司会者「その怨念があって、卒業時のライブではハイスタとかをコピーしたと」

レジー「別に怨念じゃないけどね。まあその話はいいですよ。とにかく高校生の時にミッシェルと出会ってフジロックと『ギヤ・ブルーズ』をリアルタイムで体験したってのは自分にとって結構でかいですわ。で、そんなこと言いつつ大学入ったらミッシェルとの距離がちょっと遠くなってしまって、というのは冒頭にちょっと書いた通り。作品自体は一応追ってたけど、リリースが空いた時期もあったし」

司会者「そんな距離感の間に結局解散してしまうんですよね」

レジー「うん。あれ2003年だよね。大学4年生の頃。家で昼寝してたら97年のスイートラブシャワーに一緒に行った友人から珍しくメールが来て、何だろうと思ったらミッシェル解散するってことが書いてあって。何か血の気が引いてく感じがしたの覚えてる」

司会者「2003年と言えば、6月終わりのMステでt.A.T.uのかわりにミッシェルが演奏するということもありました。これも以前Mステについて書いたエントリで軽く触れてますが」

レジー「ちょうどこの前タモリがいいともの増刊号でこの話をしてたんですよ」

司会者「なんかt.A.T.uのネタに絡めてでしたね」

レジー「うん。あの日の裏話みたいなことを喋ってたので書き起こしてみました」

あのときはほんとね、なんかADが来て騒いでるんだよ。何騒いでるのかなと思ってプロデューサー呼んで聞いたら、「タトゥーが部屋から出てこないんです」。「あっそう、まあ本番始まったばっかりだし出てくるでしょ」と返したけど、またしばらくして「まだ出てこないんです」。「呼んでるんだろ?」「呼んでるんですけど出てこないんです」。で、どんどん出てこなくて。内心すごく面白くなってきて、むしろ「出てくるな、出てくるな」と思っちゃって(笑)。で、またプロデューサーが来たので「どうした?」「出てきません」。で、コマーシャルの後タトゥーだったんだけどコマーシャル中にも出てこなくて、「おー出てこないなー」と(笑←すごく嬉しそうな感じで)。で、解散しちゃったんだけどミッシェルガンエレファントってバンドがいて、あれがロックで生でやってたんで、「ねえ、あと一曲くらいできるよね」「あ、できますけど?」「一曲やろうよ、一曲!」。それで、急遽コマーシャル明けに「タトゥーが出てこないのでミッシェルガンエレファントがもう一曲やります」って。

司会者「へー」

レジー「もうこれ意外と知られてないのかな?このとき出てたさっしーが「ほんとに「タトゥーは出てきません」って言ったんですか?」とか聞いてたから」

司会者「まあ世代も違うし関与がなければ知らないでしょうね」

レジー「こういう形でタモさんが語り継いでってくれるのは嬉しいですね。ほんと日本の音楽シーンの生き証人の一人ですよ」

司会者「最近『タモリ論』なんて本が出ました」



レジー「この前柴さんが書評書いてたね。とりあえず買ってまだ読んでないんですが早く読みたい。で、この動画ってYouTubeにあがったり消されたりを繰り返してると思うんですが、今またあがってるみたいなのでご紹介します」



司会者「これある意味完全版じゃないですか」

レジー「スタジオのばたばたした感じとか、ミッシェルやってるときの異様な雰囲気とか、ほんといろいろ蘇ってくるな。当時一人暮らししてて、今日はミッシェル出るなーと思って家で普通に見てたんだよね。そしたら番組が進むにつれてこういう感じになっていって。何か今自分はただ事じゃないものを見ているな、っていう興奮がすごかった」

司会者「当時はツイッターもないしシェアできないですしね」

レジー「うん。彼女にメールくらいはした気がするけど、とにかく一人でなんか体の中に渦巻いてるものを感じてるだけだったなあ」

司会者「今となっては何とでも言えちゃいますけど、こういう場面に立ち会ってしまうということ自体「持ってる」という言葉を使うしかないですよね」

レジー「ほんとそうね。だって全てのバンドがこのシチュエーションでぱっと対応できるかって言ったらそんなことない気がするんですよね」

司会者「そんなもんですかねえ」

レジー「いや、たぶんあのバンドとかあのバンドじゃ無理でしょ」

司会者「そこはちょっとコメントは差し控えておきます。この放送のダイジェストはMステの名場面的な特集だとたまに流れますね」

レジー「そうですね。以前TOKIOが出てた回にこれが流れてて、VTR終わり際に国分太一が「かっこいいーーー!!」って思わず声をあげてたのが印象深い」

司会者「そりゃかっこいいですよね。ぼちぼちまとめに入りたいんですがどうしましょうか」

レジー「そうですね。日本のロックについて何かしら考えるうえでミッシェルのことを外すことはできないと思うんだけど、わかりやすいフォロワーがすぐにたくさん出てきたわけじゃないから意外と見過ごされることもある気がします」

司会者「それこそ最近はDJブースでミッシェルの曲かかっても盛り上がらなかったりしますしね」

レジー「はい。まあでも最近になって、っていうよりゼロ年代以降の一つの流れとしてかな、ガレージっぽい音のバンド外国でもたくさんあるけど、今から10年以上前に日本にこういうバンドがあってしかもそれが多くの人から支持されてたってのはほんとにすごいことだと思うんですよ。ストライプス見た時に要はミッシェルねって思ったんだけどこの見方は乱暴なんだろうか」



司会者「なるほど」

レジー「そういう音楽的な部分と、あとはミッシェルがいた時代のエネルギーというかね。今回いろいろ動画見て改めて思ったんだけど、やっぱり何か「日本のロック」ってものの胎動というか、何かが生まれようとしているパワーみたいなものがすごいあったと思うんだよね。自分が単に通過しているからってだけかもしれないけど、何かざわざわする感じが」

司会者「ダイノジの大谷さんもたびたびその辺の話はされてますよね」

レジー「以前も紹介しましたが改めて。初出はこちらのブログです」

何より。

”ミッシェルガンエレファント”ショック経験してますからね。

あれが70万枚売れた時代を見てますから。

イギリスみたいなチャートになるんじゃないかと思ってワクワクしたんですから。

ロックフェスがこの国で始まるときのあのドキドキ感を体感してますから。


司会者「ここで言われている「ワクワク・ドキドキ」は間違いなくありましたよね」

レジー「うん。この時代に高校生だったってのはラッキー以外の何物でもない。で、以前はこういう話をすると「じゃあそれ体験できなかった人はどうしようもないじゃん、おっさん乙」みたいな感じで終わっちゃったと思うんだけど、今は今日紹介したような動画を見ることで充分追体験できると思うんだよね」

司会者「繰り返しになりますがいい時代ですね」

レジー「ほんとそうだよね。そりゃ権利の問題とかいろいろあるとは思うけど、こういうのは公共財というか教科書みたいなもんだと思うのでこの先も削除されずに残ればいいなあと。今日貼った動画はぜひぜひ見てみてください」

司会者「わかりました。では今回はこんな感じで。次回はどうしますか」

レジー「ぼちぼちTIFとひたちなかが近づいてきたからその辺の話をするかもしれません。ちょっと考えます」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」
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