レジーのブログ(旧)

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フジファブの足取りを振り返り『FAB STEP』の先に思いを馳せる

司会者「もう1か月前の話ですが、フジファブリックの新しいEP『FAB STEP』がリリースされました」



レジー「MUSICAでレビューも書かせていただいてます」



司会者「こちらの記事にもありますが、うまく書けたということで」

レジー「うん。まだ店頭にあるかな。ぜひとも読んでいただきたい。フジファブファンの方から良かったと言ってもらえて嬉しかったです。そういうの抜きにしても、作品としても素晴らしいですよ」

司会者「チャートは初登場16位でした」

レジー「今さらチャートの話をしても仕方ないってのは各所で言われてることですが、なんかもっと上いってもいいのになあってのが正直な感想。これ確認する流れで他の作品の状況も見たんだけど、何か不思議な感じだよね。たとえば今やいたるところで流れる『若者のすべて』は最高位が30位、フジファブのシングルの中でも売れてる順だと10番目」

司会者「枚数として一番売れたのは『徒然モノクローム』なんですね。そしてトップ10入りは『蒼い鳥』だけ。これは枚数限定シングルだったんですね」

レジー「だいぶ印象違うわなあ。アルバムで一番売れたのは『MUSIC』か。これはモテキ効果だよね」

司会者「あと3人体制最初のアルバムの『STAR』も最高順位は6位で一番成績いいけど、枚数だとその前に出してる4枚のフルアルバムより下です」

レジー「そうなんだよねえ。フジファブって、メンバーが変わるとかタイアップとか、外部要因がいろいろあって実はちゃんと評価というかポジションが定まってないよね」

司会者「音楽的には稀有なことをやってるバンドだと思うんですが」

レジー「ねえ。個人的にはそれ以外にも親近感を勝手に抱いてる部分があって。まず志村氏も含めてメンバーが同世代なんだよね」

司会者「山内さんが81年生まれ、あとの2人と志村氏は80年生まれですね」

レジー「山内さんに至っては生まれ年が一緒なだけじゃなくて誕生日も数日違いで。あと名前が似てる」

司会者「はあ」

レジー「本名の方ね」

司会者「それはどうでもいいですね。そもそもはどういう経緯で聴き始めたんですか」

レジー「最初に知ったのは『陽炎』です」



司会者「2004年7月リリースの2ndシングルですね」

レジー「当時実家で加入してたスペースシャワーでよく流れてて、なんだこれはと。ほんと繰り返し聴いてました。当時はすでにエルレとかアジカンとかそういうの聴いてたけど、フジファブはちょっと違ったんだよなあ。日本の情緒みたいなものを感じて」

司会者「なんかそういう情景が浮かんでくる感じはありますよね」

レジー「自分の中ではサニーデイとか、それこそはっぴいえんどとか、そういうものと地続きなものとしてとらえてました。そんな叙情的な部分がさらに凝縮された曲として、『茜色の夕日』にどっぷりはまってしまって」



司会者「2005年9月のリリースなので、『陽炎』のちょうど一年後くらいですね」

レジー「普段音楽聴くときって歌詞をそこまで重視しないんだけど、僕にとってフジファブはすごく言葉が入ってくるバンドで。その中でも『茜色の夕日』は特にね。「短い夏が終わったのに/今子供の頃のさびしさが無い」ってフレーズは衝撃でした。確か初めて聴いたとき泣いた」

司会者「ここまでが5人編成のフジファブですね。アルバム2枚リリースして、その後ドラムが脱退して4人編成になります」

レジー「うん。実はこの辺でちょっとフジファブとは疎遠になってるんだよね。リリースもやや空いたりして」

司会者「シングルは出てましたが、2枚目のアルバムの『FAB FOX』と3枚目の『TEENAGER』の間は2年以上空いてます」

レジー「海外だったらこれくらい普通なんだろうけどね。で、そんなこんなでリリース状況はなんとなく認識しつつもちょっと距離がある段階で、志村氏の死去という悲しい出来事が起こるわけで」

司会者「09年の12月24日でしたね。確か発表になったのはその翌日だったかと」

レジー「会社の帰り道で混乱したね」




司会者「年末のカウントダウンジャパンの出演もキャンセルになりました」

レジー「ちょうどあの年は初日と3日目に行ったんですよ。初日は民生が弾き語りで『茜色の夕日』をやって

司会者「最後泣きながらで歌えなくなってしまいましたね」

レジー「うん。で、「フジファブリック!」って言ってステージから去っていった。なんかステージはけてからも泣いてたみたい。可愛がってた後輩が亡くなった直後にステージに立たないといけないわけで、ミュージシャンってつらい職業だなあと思った記憶がある」

司会者「他にもトライセラが『陽炎』をカバーしたりしてました」

レジー「和田唱は翌年のフジフジ富士急でも『陽炎』やってたね。このカバーすごいよ。歌もギターも凄まじい。見たことない人絶対見てほしいわ」



司会者「3日目は本来はアースステージのトップバッターがフジファブでしたが、急遽過去の映像と音源を流して照明は予定通りにやるという措置がなされました

レジー「スタート前の渋谷さんのあいさつから結構みんな泣いてたよね。あの動画YouTubeから削除されちゃったみたいだけど、あれはとっといてほしかったなあ。他の日にも氣志團が『茜色の夕日』やったり、この年のカウントダウンジャパンはタイミング的にセンチメンタルな空気になってたなあと思います」

司会者「この後フジフジ富士急の開催や「モテキ」でのタイアップなどあって、3人体制でちゃんとオリジナル作がリリースされたのは11年の9月になります」

レジー「11年のロックインジャパンで3人体制のライブ見ました。あれが初だったのかな?あの年はロックインジャパンとカウントダウンジャパン、あと氣志團との対バンイベントで半年に3回フジファブ見た。で、新フロントマン山内さんにほんとビビったんだよね。この人何でもできるなと。しかもその直前にはくるりのサポートもやってたわけで。あのときの岸田、佐藤、ボボ、山内って編成のくるりは生では見られなかったんだけどすごそうだったなあ」



司会者「AXであった氣志團とのイベントのときのフジファブはすごかったですね」

レジー「あのときはバンド全体のモードも含めて絶好調感あった気がする」







司会者「氣志團完全に食われてましたよねあのイベントは」

レジー「うん。その後もフェスでも見たし、ワンマンも一回行ったし、前ブログでも書いたフリーライブも見たけど、どうにも3人になってからの受容のされ方にはいろいろ違和感を感じます」

司会者「違和感ですか」

レジー「うん。まあ仕方ないっちゃ仕方ないんだけど、結局4人時代の曲ばっかり求められてるような感じが何ともね。フェスだと顕著だけど、新しい曲絶対聴いてないだろ的な」

司会者「とりあえず『夜明けのBEAT』と『銀河』聴ければOKみたいな空気を感じる時はありますね」

レジー「懐メロバンドみたいな扱いになっちゃってるのはつらいし、バンド側も結構割り切ってそういうセットにしてる時もあったような気もする。4人時代の楽曲とどう向き合っていくかみたいな部分はバンドとしても結構苦慮してるんじゃないかと思う。アルバムとしては一番新しい『VOYAGER』 も、熱心なファンの方に怒られるかもしれないけど個人的にはどうにも「昔のフジファブのセルフパロディ」に感じちゃったんだよなあ」

司会者「なるほど」

レジー「で、そういう迷いみたいなものがあるんじゃないかなという中での今作『FAB STEP』って話にやっとなるんですけど。表層的な「昔のフジファブらしさ」とは決別しつつ、フジファブのバンドとしての本質が外に出てきた、みたいな印象ですね。それこそ“表層的な「昔のフジファブらしさ」”をトレースしてるバンドって最近ちょこちょこ出てきてるような気もするんですよ。たとえば最近みんな大絶賛してるけど僕は全くのれないKANA-BOONってバンドがありますよね。あれとか僕の印象ですけどあからさまにメジャー1枚目2枚目あたりのフジファブじゃないですか」



司会者「ボーカルの方が志村氏を好きみたいですね

レジー「ああいうバンドが出てきてる中で、フジファブはもう「昔のフジファブらしさ」を追っても仕方ないんだよね。そもそもが「ど真ん中からはちょっとずれたことをやってそれがポップに転化する」って構造を作れるバンドなわけで。だからこそ、「ダンス」ってテーマを掲げつつも安易に四つ打ちで盛り上げます的な音じゃなくて、もっとじわじわとあげていく、体の芯から踊らせるようなのを志向してるんだと思いました」

司会者「そういう感じは『フラッシュダンス』に顕著ですね」



レジー「個人的に思い出したのはYUKIの『二人のストーリー』です。大好きな曲ですね」



司会者「あー」

レジー「あと初期のゴーイングとかにも通じるものがあると思った。この辺もよく聴いてました。奥の方にある熱を感じるというか」



司会者「2曲目の『バタアシParty Night』では3人がPVで不思議なダンスを披露してます」



レジー「これもすごくフジファブっぽいよねえ。新機軸を打ち出しておいて、でもこういうちょっと変なことやって外す感じが。この辺の距離の取り方みたいな話は山内さんがインタビューでも話してますね」

●確かにフジファブリックがいきなり超本格ファンクとかやりだしても違うなあ、っていう(笑)。

山内「嘘っぽいんですよ、それは。人がやるとかどうとかじゃなく、自分たちがやると『ほんとぉ?』って、ちょっと疑っちゃうというか。(後略)」
(ROCKIN’ ON JAPAN 11月号)


司会者「ど直球ではあえていかない感じなんですかね」

レジー「もしかしたらこういうスタンスが今のシーンだとちょっとわかりづらくとられる部分があるのかもしれないけど、僕はこれくらいの温度感が心地よいですわ。で、今作の「バタアシ」って歌詞に絡めて山内さんこんな話もしてます。ここは“表層的な「昔のフジファブらしさ」との決別”って部分につながるのかな」

「(前略)でもやっぱり・・・志村くんっていう人がいて。彼は天才だし、本当に大好きなミュージシャンで、今でも俺は敵わないってどっかで思ってるんですよ。どう足掻いても彼みたいにカッコよくなれないっていうのは、ずっと前からわかってて」

--それ、前にも話したよね。「彼の代わりには誰もなれない」って。

「そう。だからそこで足掻くんではなくて、自分らしく生きるためにジタバタして、地団太踏んで。そうやって自分をなんとか鼓舞して、前に進んでいくしかないというか。(後略)」
(音楽と人 11月号)


司会者「当たり前の話なのかもしれないですけど、彼にとっても志村氏の存在は大きいんですよね」

レジー「うん。フジファブファンと同じ気持ちなんだと思うその辺は。ただ、作り手がそこにとらわれてちゃダメだって部分を改めて感じたんじゃないですかね。そこを乗り越えるためにも今回はコンセプチュアルな作品にすることで自分たちに制約を課して、それをクリアするっていう形をとったんじゃないかなあ。で、その取り組みは見事に成功してると思うんですよ。最近フジファブ聴いてないなあって方にも、「モテキ」の曲しか知らないみたいな方にも、ぜひ聴いていただきたい作品ですね。おすすめです」

司会者「わかりました。長くなったのでぼちぼちまとめていただきたいのですが」

レジー「そうですね、この記事書いてる時にちょうど柴さんがまさにフジファブとKANA-BOONを例にとったBPMに関するエントリをあげてましたが、疾走感一辺倒みたいな今の状況においてフジファブのトライがどう受容されるのかはとても興味がありますね。ここまで書いてきたとおり、フジファブリックってバンドは目先を変えることでリスナーの感覚を広げてくれるような、そういうことのできる人たちだと思っています。バンドとしても新しい一歩になる作品だし、ほんと多くの人に届いたらいいなあと」

司会者「紹介してない残り2曲も素晴らしいですしね」

レジー「うんうん。しかしこれ初登場16位かあ。チャートは意味ないとはいえ何とも言えない気持ちになるね。で、KANA-BOONはデイリーで店着日から2位とか3位とかキープしてるんでしょ。なんかタナソー氏がこんなこと言いたくなるのもわかる気がする」

極論を唱えるなら、エモーショナルなポップ・ソングを作るのはそんなに難しくない。地味なヴァースと、ドミナントを強調したブリッジ、派手なコーラスを組み合わせさえすればいい。コーラスに移る段階で音圧を上げればいいし、声を張り上げればいいし、リズムの刻みを二倍にしたりすれば、なおよし。巷のJ-ロック・バンドみたく。あるいは、EDMみたく。にしても、欧米のポップ・ミュージックのトレンドがすっかり、bpm70台だの、ゆったりしたリズムを細かく刻むことで変化をつける方向に向かっているというのに、いまだ旧態然としたbpm160越えのロック・サウンドが幅を効かす日本って何なんでしょうか? アークティック・モンキーズの新作が地味だと思われてしまう風土って、どうにもなんないんでしょうか? マクドナルドの食いすぎだよ、まったく。

司会者「signのミツメのインタビューのリード文です

レジー「いろんなバンドのいろんな取り組みは各所で見えてるんだけど、支持されるのは結局そこなのね、って感じはあるんだよなあ。「ザ・ギターバンド」みたいな音じゃなくても楽しい音楽っていっぱいあるんだけど。もちろん僕自身それ系で好きなバンドはたくさんあるんですが、どうにもね。まあいいや。とにかくみんな『FAB STEP』聴いてみてください。新しい発見があるかもしれないので」

司会者「わかりました。では次回はどうしますか」

レジー「いくつかネタはあるんですがちょっと考えます。最近気に入ってるバンドいくつかまとめてとりあげるか、もしかしたら書評っぽいのやるかも。予定は未定で」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

1人の女の子を歌わせるか、集団の女の子を歌わせるか - 広末涼子とその時代

司会者「クイックジャパン110号に『ゴスペラーズに見る「カバー」と「アカペラ」の精神』という文章を寄稿しました」

レジー「初めて1ページコラムで、かつ僕のページの前後がkenzeeさんとさやわかさんだったのでなんか嬉しかったです。一応先月出たゴスのカバーアルバムのレビューという体裁にはなってますが、周辺事項をいろいろ書いてます」



司会者「普段はあまり扱わないジャンルのような気もしますが」

レジー「そうね。ただ、僕にとってアカペラとかゴスペラーズとかってのはかなり重要な存在なんですよ。過去ブログでも軽く触ってますので、ご興味ある方はこの辺の記事も是非」

ヤマタツ、アカペラ、ハモネプ
シティポップが盛り上がる今こそスムースエースを再評価しようの巻

司会者「ゴスペラーズのアルバムに関しては、リードトラックとして『ロビンソン』のカバーが公開されています」



レジー「個人的にはこれよりも好きなカバーがいっぱい入ってました。ぜひ聴いてみてください」

司会者「クイックジャパンの記事に関して裏話等あれば」

レジー「そうですねえ、今回の記事は真っ当にゴスペラーズとアカペラって話で書いたんだけど、最初は「近頃のカバーブームに物申す」的なスタンスで書こうと思っていて」

司会者「カバーの話は以前ブログでもやりましたしね

レジー「そうそう。で、そういうノリで書き始めて途中まで一気に書けたんだけど、こりゃ字数が足りなくなるなと気がついてボツにしました。せっかくなので公開しておこう。本論に行く前に字数の半分以上使っちゃったんだよね」

もし自分が国政選挙に出るなら、公約として「インチキJ-POPカバー曲に高額の税率を設ける法律(通称:原曲レイプ防止法)」の成立を掲げたいと常々思っている。「インチキなカバー曲」の定義については更なる検討が必要だが、「やや落ち目のアーティスト」や「歌手が本業ではない俳優・女優」が唐突にリリースする90年代~00年代のメガヒット曲のカバーは大抵の場合高額税率の対象と思っていただいてOK。先日もテレビを見ていたら、ゼロ年代中盤に複数のヒット曲を輩出したものの最近露出の減っていた女性シンガーが意気揚々と『LA LA LA LOVESONG』を歌っていて、僕の頭上に大量のクエスチョンマークが浮かんだばかりである。
2005年にリリースされた徳永英明『VOCALIST』のロングヒットが一つの契機となって、ゼロ年代後半から現在に至るまで日本の音楽シーンには大量の「カバー曲」が産み落とされた。その大半は前述のような聴くに堪えないものになっている気も個人的にはしているが、今年は原曲に新たな命を吹き込む素晴らしい作品が目立つのもまた事実である。ハナレグミ『だれそかれそ』は「カバーアルバムの決定版」というような内容だったし、06年以来2作目のカバーアルバムとなるクラムボン『LOVER ALBUM2』収録の『U&I』(原曲は放課後ティータイム)の素晴らしさには本当にびっくりした。NICO Touches the WallsがカバーしたMISIAの『陽のあたる場所』も、ジャンル違いのアーティストが名曲を解釈しなおした好例だろう。
そんな状況の中、9/25にゴスペラーズのカバーアルバム『ハモ騒動 ~The Gospellers Covers~』がリリースされた。何となく本誌の読者層からするとこのアルバムは冒頭に述べた「高額税率の対象」として迷いなく選別されそうな気がするが、ちょっと待っていただきたい。彼らこそ、昨今のカバー曲ブームにおける真打なのだということをこれから実体験も交えて説明したいと思う。


司会者「なんとなくこれは商業誌に載せるの微妙な気が」

レジー「たぶんNGだったような感じもするよね。ストップ原曲レイプみたいなことは国政選挙に出なくてもやりたいんだけど。あと、最終的に掲載された原稿でも入れたかったんだけど字数の都合で泣く泣くカットしたところもあり。こんな感じで締めたかったんですよほんとは」

ちなみに、僕がアカペラをやっていたころ、他の大学ではヒャダインこと前山田健一や48グループへ多数の曲を提供している杉山勝彦も活動していた。今のアイドルブームを支えるクリエイターが「音楽を分解して批評的に楽しむ」アカペラというジャンルを出自に持つのは決して偶然ではないと思っている。

司会者「これは以前ツイートしたこともありましたね」

レジー「どっちも面識はないけど、1人友人を介せば辿りつくくらいには近いです。しかしヒャダインは言わずもがなとして、杉山さんもほんといい仕事してるよね」

司会者「『制服のマネキン』を作った時点でかなりシーンに貢献してますね」



レジー「『初恋バタフライ』もでしょ」



司会者「平均点が高い」

レジー「アカペラって1つの楽曲を声だけで分解してまた結合するみたいなことをやる音楽だから、音楽を俯瞰する視点みたいなのを身につけるいいトレーニングになると思うんですよ。あと、「声だけでやる」という決め事を守れば何をやってもいい。このあたりの考え方って、今のアイドルシーンを支えてる思想に近いと思うんだよね」

司会者「直近では比較的近い話をさやわかさんがPerfumeに関する文章で書いていました

ところがそのさらなる結果として、ここ最近のアイドル楽曲はむしろ音楽的に多様化が進み、質が向上し続けていると言わざるを得ない。その傾向は今年に入ってからますます顕著になってきた。要するにアイドルシーンが限界まで「曲なんて何でも構わない」という音楽軽視の傾向を押し進めた結果、「何でも構わないのならいい曲を作ろう」という動きがどんどん広まっている。シーンは活発で表現は広がりを見せ、またライブの盛況やCDの売り上げ増によって予算も増えており、良質な音楽を志すスタッフが自由にものづくりできる状況が整っているのだ。

レジー「これはほんとにそうだと思います」

司会者「ゲームのルールを活用する、もっと言うと「悪用」してすきなことをやるわけですね」

レジー「そう。「手段」として徹底的に使いまくるっていうね。ちなみに、アカペラの話で言うとその「手段」が「目的」に置き換わっちゃってるのがハモネプってやつですよね」

司会者「この前芸能人大会やってたみたいです」

レジー「録画したんだけどまだ見てないんだよねあれ。ハモネプに関しては「みんなでハモる」ことが目的化した結果、ボイパびっくり人間ショーみたいな側面が促進されたんだよね。この辺の話とか、あとハモネプの学生大会と芸能人大会見比べるといろいろ見えてくることとかあるんだけど、本論からはずれるので割愛。で、何の話でしたっけ」

司会者「ゴスペラーズの原稿書きましたってところから全然話進んでないです」

レジー「あ、そうでしたね。今回書きたかったことは他にあって。ちょうどゴスペラーズがこのアルバムのプロモーションで僕らの音楽に出てたんですけど、対談相手が広末涼子だったんですよ」

司会者「過去に楽曲提供をしたことがある縁でってことでしたね」

レジー「うん。で、広末涼子にとってもちょうど昔のベスト盤が再発されるタイミングでのプロモーションでもあったんですよね」

司会者「何曲か追加されたのに加えて、過去のライブ映像とPVが初めてDVD化されてついてくるというお得盤です」



レジー「この前森は生きているのフリーライブ見に新宿タワレコ行ったときにこれ買おうと思ったんですよ。当然何かしらの展開がされてるだろうと思って試聴機コーナーとか見たんだけど全然なくてですね」

司会者「まさか」

レジー「で、店員さんに聞いたら「入荷はしてると思いますけど特に展開とかはしてないのでアイウエオ順のところにあるんじゃないですか」みたいに邪険にされまして。何かすごい恥をかいた気分になりました」

司会者「特に期待されてる作品でもないんでしょうね、レコード会社にとってもお店にとっても」

レジー「ねえ。重要作品なのに。特に映像の方がやばい。とは言いつつわりとネットに転がってたりするわけで、パッケージでほしいってのはただのノスタルジーかもしれないけどね。たとえば、この『MajiでKoiする5秒前』でステージに飛び出してくるときの圧倒的なアイドル感を見てくださいよ」



司会者「輝いてます」

レジー「あと個人的に好きなのが『summer sunset』のPV。これはほんとに最高ですわ」



司会者「広末涼子に関しては世代ど真ん中ですよね」

レジー「うん。ブレイクストーリーはリアルタイムで経験してますよ。ほんと好きだった。ヤンジャンのグラビア切り抜いて保存したり生写真を手帳に入れたりしてました」

司会者「エピソードが男子中学生っぽいですね」

レジー「年齢もちょうど自分の1つ上だから、ほんとリアルタイムのアイドルですね。ラジオも聴いてたなあ。でも今考えてみると「アイドル」って括りで見てなかった気がする。そもそも当時「アイドル」って概念が存在していなかったんじゃないかなあ。90年代半ばね。モー娘。もデビュー前でグループアイドルに関しては谷間の時代だし。同世代にやってた女の子で言うと誰だ?奥菜恵とかか。友達で奥菜恵大好きなやつがいた。どちらもアイドルというよりは「若手女優」みたいな位置づけだった気がするし、そうやってみんな受容してたように思います」

司会者「いずれにせよすごいファンだったわけで、CDとかも買ってたんですか」

レジー「いや、そんな簡単な話ではなくてですね。『MajiでKoiする5秒前』のリリースが97年4月でしょ。当時音楽に目覚めてギターもやり始めてロックの名盤とかを聴き始めた僕からすると、若い女の子が片手間で歌ってる音楽とか聴くに値しなかったわけですよ」

司会者「うわ」

レジー「なので大好きだったけど「歌はダサいよね」とか言ってました」

司会者「今考えると相当恥ずかしい話ですね」

レジー「きっとみんな通ってる道だと思うんだけど最近は違うのかな」

司会者「当時は今以上に「アーティスト志向」みたいな風潮が強かったですよね」

レジー「そうね。広末涼子のクレアラシルのCMデビューが95年、僕が本格的に好きなったのがドラマ『魔法のキモチ』だから96年1月、『ビーチボーイズ』が96年7月。このあたりの90年代半ばで売れてたアイドル的なものを探すと安室ちゃんとか、あと96年8月にデビューするSPEEDとか「しっかり踊って歌う人たち」になるわけで、すごく時代感を現してるような気がします。安室ちゃんは95年後半から小室プロデュースになったけど、篠原涼子にせよ華原朋美にせよ「アイドル出身者(グループやらグラビアやら)をアーティスト風に仕立てる」ってのが冴え渡ってたわけですよね小室プロデュースって。で、ものすごーくざっくり言うと、そういうのが下火になってMISIAとか宇多田ヒカルみたいな「アーティスト風に仕立てたんじゃなくて、最初からアーティスト」って感じの人たちが出てくるのが98年ごろでしょ。アーティスト志向、本格派志向にシーンが塗りつぶされていた時代だと思います」

司会者「そんな中で広末涼子みたいな人がポジションをとるのは意外と難しかったんですかね。圧倒的な歌唱力があるわけでもないし、踊れるわけでもないし」

レジー「そういう側面もあったような気はするなあ。本人の人気から考えると曲がヒットしてたとは言い難いし。今回改めてライブ映像見たけど、この時代の名残みたいなのはあるよね。音源だとあんまり気にならないんだけど、生歌だとやけに鼻にかかったボーカルが耳につくんですよね。素直な歌唱じゃなくてなんかちょっと引っかけて歌う感じが今時だったんだろうなあとか。思い返すと当時カラオケ行くとどの女の子もあんな歌い方ばっかりだった気がするよ」

司会者「広末涼子自身もカラオケ好きなんですよね」

レジー「なんかそういう90年代のリアルをすごい感じた。あとさっき紹介した『summer sunset』のライブ映像見ると、ステージアクションが何て言うのかな、アーティスト風味?白いワンピースかわいすぎるんだけど、なんか気恥ずかしくて直視できない」



司会者「DVDに挟まれたインタビューだともっと歌詞を書きたいとか言ってましたね」

レジー「ね。アーティスト志向の極致。「アーティストへの憧れ」みたいなのと男の趣味がリンクしてるように思えてしまうのは気のせいだろうか。まあその辺はいいや」

司会者「楽曲そのもので言うと、「大物コンポーザーを使ってハイクオリティの楽曲を作る」っていう日本のポップスシーンに脈々とつながる手法をとってますね」

レジー「そうね。デビュー曲が竹内まりや。当時大ヒットをとばしてた岡本真夜、それから原由子に広瀬香美。人選から「丁寧なポップスをやろう」っていう意思が伝わってきますな」

司会者「上記4人でシングル出した後に、『ジーンズ』では作曲が朝本浩文、そのカップリングの『プライベイト』では椎名林檎が作詞作曲と急にエッジーな感じに寄せてきてます」



レジー「このシングルのリリースが98年10月。朝本さんがUAの『情熱』とかで注目されたのが96年後半。椎名林檎に関しては『ここでキスして。』が99年1月だから、本格的なブレイクの前ですね」

司会者「椎名林檎はこの時期にともさかりえに『カプチーノ』という曲も提供してます」



レジー「この曲もうちょい後かと思ったけど、リリースが『ここでキスして。』と1週間違いなのね。大ブレイク前からコンポーザーとしてすごい才能を発揮してたわけだ。当時はグループアイドルが売れてなかった分、個性的なミュージシャンの課外活動先がこういう「若くてきれいな女優さん」に向いてたんだよね。広末涼子もそうだし、『カプチーノ』は個人的にはこの手の作品の最高峰だと思ってます」

司会者「他にもいろいろあったと思いますが、気に入ってたやつはありましたか」

レジー「広末涼子よりちょっとだけ前になっちゃうけど、中谷美紀の『MIND CIRCUS』は大好きでした」



司会者「坂本龍一プロデュースですね」

レジー「96年、TK全盛の時代ですよ。もう一人のTK、小林武史もマイラバでバカ売れしてたしね。そこを意識してた部分はあったんだろうな。あと、最近でも参照されることも多いですが、深田恭子の『イージーライダー』も好きでした。これもさっき書いたのと同じ理由であんまり大っぴらに好きって言いづらかったけど」



司会者「プレイグスの深沼元昭さんの曲です」

レジー「最近は「こんな人が曲作ってるんだ!」っていう驚きはグループアイドルの専売特許になってるような気もするけど、ピンの人でもこういう展開があったらいいのになあとか思います。綾瀬はるかとかガッキーとか面白いトライもあったけど、いわゆるアイドル戦国時代の前の話だもんね」

司会者「綾瀬はるかの『マーガレット』も2010年10月です」



レジー「作詞が松本隆、作曲がユーミン、アレンジが亀田誠治ですよ。あとガッキーも2010年以降アルバム出してないんだよなあ。前も紹介した岸田繁×いしわたり淳治の『進化論』とか、古内東子の『ペアリング』とか面白いの多かったんだけど。『ペアリング』一時かなり聴いてた」





司会者「長くなってきたのでぼちぼちまとめに入りたいのですが、ゴスペラーズの話から広末涼子を介して女優さんの歌みたいなところまできました」

レジー「はい。ゴスについては偏見なく聴いてみてほしいなってところで。広末涼子については世代によって彼女に対するイメージがだいぶ違うんだろうけど、やっぱり彼女の本質は10代の頃のピュアネスだと思ってるので、キャンドルジュンとかそういうことしか知らない人は貼った動画とかいろいろ見ていただけると」

司会者「今のアイドルと呼ばれている人たち以上に人気ありましたよね」

レジー「そう思うんだけどどうなんだろうなあ。女優さんの歌については、ガッキーも綾瀬はるかも2010年でディスコグラフィが止まってるってのはやっぱり「アイドル戦国時代」の影響ってでかかったんだなあと。で、たぶんこの状況に楔を打ち込もうって動きも出てきてるはずで、たぶんそれがこの前取り上げた武藤彩未だったり、それこそ直近のアイドルブームど真ん中から出てきた前田敦子だったりすると思うんですよ。てか『タイムマシンなんていらない』すごいいい曲だよね」



司会者「前作の『君は僕だ』も含めていい歌がきてますね」

レジー「この方向やるなら北川さんとか沖井さんとかそっち系に曲作ってほしいですね。で、あっちゃんの話になったところで、僕のゴスペラーズに関する文章が載ってるクイックジャパン、あっちゃんの表紙が目印ですのでよろしくお願いします。うまくまとまったところで今回はこんな感じで」



司会者「わかりました。次回はどうしますか」

レジー「ちょっと考え中ですが、フジファブの新しいやつ良かったのでその辺の話をしたいなーとか」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

the chef cooks me『回転体』から考える、リスナー(というか僕)を取り巻く「先入観」の話

レジー「先日oono yuukiとbonobosのライブに行ってきました」

司会者「渋谷のWWWですね」

レジー「なんかおしゃれ女子が多かった気がしたけど気のせいかな」

司会者「そうですか」

レジー「出演バンドのタイプによってかわいい女の子率って明らかに違うよね。過去に一番あれ?って思ったのは2年前にひたちなかのウィングテントでヤノカミ見た時で、妙にかわいい子が多かった記憶がある」

司会者「はあ」

レジー「あと何となくのイメージだけど、ボウディーズのファンってロキノン界隈のバンドの中ではかわいい子多そう」

司会者「あんまり深掘りすると危険なネタだと思うので話戻したいんですが、ライブ自体はどうでしたか」

レジー「oono yuukiは4月にセバスチャンXのイベントで見て以来2回目で、そのときは野外だったのでライブハウスで見たのは初めてでした。屋内だとより濃密な感じになるね」



司会者「独特の雰囲気がありますよね」

レジー「基本はインストだし結構混沌とした音を出すんだけどちゃんとメロディアスなんだよなあ。すごくIQの高い音楽だと思いました。クセになるね」

司会者「今年はアラバキにも出てたんですね」

レジー「ね。知らなかった。この手のインディー系の人たちってどうしてもスモールサークル内で評価された先の展開がわかりづらかったりするから、そういう大型フェスに出たりするのはすごくいいと思います。で、もう一つのbonobosも全体的に雰囲気良かったんですけど、3曲目っていう序盤に『THANK YOU FOR THE MUSIC』が炸裂しまして」



司会者「いつ聴いても名曲です」

レジー「個人的にはそこがハイライトでした」

司会者「bonobos見るの久々でしたね」

レジー「うん。さっき貼った動画がカウントダウンジャパンの0708なんだけど、あのとき以来だな。てか実は最近活動全然追えてないです」

司会者「今考えるとロッキングオンのイベントに出てたってのも何か不思議ですね」

レジー「今だったら絶対出なさそうだよね。それこそ昔はひたちなかにクラムボンとかポラリスが出てたからその感じで考えるとわかるんだけど、今はそういう流れ断絶してるもんね(追記:bonobosに関しては、カウントダウンジャパンには最近も出ているとの指摘をいただきました)」

司会者「確かに」

レジー「たとえばクラムボンって昔はJAPAN本誌にも出てたし、そのあたりの読者層とも地続きなバンドだったイメージだけど今じゃ全く違う場所にいるわけで。そういう感じでポジションが変わっていく話はたにみやんさんのブログでまとまってるのでそちらも合わせて参照ください」

司会者「先日見たbonobosにせよクラムボンにせよ、その手のバンドがJAPAN的な磁場から離れていく過程で「邦ロック・ロキノン系」みたいな蔑称が生まれてきたんですかね。だんだん多様性が失われてきて、似たようなバンドが寄り集まっているだけのような風潮になってきたというか」

レジー「そういう傾向はあると思う。ただ、そんな感じでざっくり捉えてるといかんなあと最近よく思いますわ。こっちで勝手に「あーはいはいロキノンっぽいギターバンドね」みたいに思って素通りしてたバンドが実は「え、全然違うじゃん!」ってケースが結構ある気がする。と言うのも、最近出たthe chef cooks meのアルバムがすごい良くて」

司会者「『回転体』ですね」





レジー「今年のひたちなかでパークステージ通りがかった時に、何か楽しそうだなあと思ってちょろっと立ち寄ったんですよ。そしたらめちゃくちゃ良くて」

司会者「全然「よくあるギターバンド」じゃなかったですね」

レジー「うん。大所帯バンドなんだけど適度に肩の力が抜けてる感じね。個人的にはこういう感じの音が今すごくジャストです」

司会者「最初にoono yuukiの話を出しましたが、その界隈を聴いてる人たちも気に入りそうな音ですよね」

レジー「そうそう。すでに指摘してる人もいるけど、なんかceroとか片想いとか、そういう人たちとの親和性を感じた」





司会者「なるほど」

レジー「あと1曲目『流転する世界』のコーラスはクチロロの『合唱曲スカイツリー』からとってるよね」



司会者「つながりがあるんですかね」

レジー「シェフってこれまでほんとに全く追ってないからどことどういうつながりがあるかとか全然わからないんだけど、こういう引用元とか近しいであろう他のバンドの話とかすると自分の先入観がいかに間違ってたかってのがはっきりしますな」

司会者「なんでそういう先入観を持ってたんでしょうか」

レジー「うーん。なんでだろうか。ほんと大したことない話だと思いますよ。横文字組み合わせたバンド名がそれっぽいとかそういうレベル」

司会者「あー」

レジー「あと今回の作品で言うとアジカンのゴッチがプロデュースするって前情報もあったじゃないですか。それも先入観をより強固なものにした気がする。「あ、やっぱなんか最近たまにあるアジカンワナビーの人たちなのね」みたいな」

司会者「実際そういうバンドもいっぱいいますからねえ」

レジー「まあそうなんだけど、シェフに関してはそういうのとあまりにも違いすぎて何だかこちらが申し訳ない気持ちになった。でね、僕はまだこうやって誤解が解けたからいいんですよ。でも、それこそさっき挙げたceroとか片想いとか好きな人たちがシェフの存在をちゃんと認識してるのか、その人たちに今回のアルバムを手に取るためのきっかけが提供されてるかというと全然そうなってない気もするんですよ」

司会者「「アジカン」「ゴッチ」みたいなキーワードが入ってる時点で自分向けじゃないと思う人たちも多いでしょうしね」

レジー「今年のナノムゲンサーキットにceroとかスカートとか出るってなったときに何かざわざわしてる感じがあったと思うんだけど、前ブログでも取り上げた通り「あっち側/こっち側」で判断してる人からするとそういうチームで作られてるって時点で「けっ」ってなっちゃったりするんだろうなあ」

司会者「もったいないですね」

レジー「ほんとそう思うわ。でもあんまり人のこと言えないんだよね。僕自身もこの手の「どうせ○○でしょ」って感じで聴いてなくて、あとで聴いて「しまった!」ってなってるケースわりとあるので」

司会者「贖罪のためにここで紹介しておきましょう」

レジー「そうですね。僕が「どうせ○○でしょ」ってなるパターンは大きくは2つあって。1つはさっきのシェフと同じケース、「はいはい、よくあるロキノンっぽい退屈なギターバンドでしょ」ってやつ。あともう1つが、「あーわかった、なんかエアジャム崩れの子供向けメロコアバンドね」って感じの誤解です。仮に「ロキノン勘違い」と「メロコア勘違い」と名付けておきます」

司会者「はい」

レジー「で、1つ目の「ロキノン勘違い」ですが、自分の中での筆頭はPeople In The Boxね」



司会者「全然退屈じゃないですね」

レジー「去年出た『Ave Materia』を初めて聴いたんですけどマジでびっくりした。ギターバンドはギターバンドだったけど、こんなに繊細で複雑なことやってるとは知らなかった」



司会者「作品ごとにだいぶコンセプトが違うみたいですね」

レジー「今度のアルバムは全部の曲が1つのトラックになってるんでしょ。凄まじいよね。たぶんピープルに関しては昔JAPANのニューカマーのページで認知したからそのイメージから勝手にラべリングしてたんだよなあ。で、「メロコア勘違い」だったのがOGRE YOU ASSHOLEね」



司会者「これも勘違い甚だしいですね」

レジー「もうなんかハイスタの劣化版みたいなやつ想像してたから」

司会者「完全にバンド名のイメージじゃないですか」

レジー「ほんと恥ずかしい。オウガは去年カウントダウンジャパンで見たけどすごかったな。ちょっと意味が分からなかった。あと他の「メロコア勘違い」で言うとCOMEBACK MY DAUGHTERSか」



司会者「この人たちはPIZZA OF DEATHだからまあ勘違いしやすいと言えば勘違いしやすいですね」

レジー「09年のサンセットライブ行ったとき、会場着いたら一番近いステージでこの人らがやってて、さっき紹介した曲を演奏してたんですよ。おーいい曲だななんてバンドだろと思って確認したらCBMDで。「え?こんな大人な音出すバンドなの?」と。ギャップでかすぎて衝撃でしたわ」

司会者「「ロキノン」にせよ「エアジャム/メロコア」にせよ、思考停止を誘発するワードってありますよね」

レジー「うん。僕の場合はこの2つが「いつもの感じね、はいはい勝手にやってちょうだい」って思いがちなやつなんだけど、人によって他にもいろいろあると思うんだよね。この手のバイアスとどう付き合っていくかってのは豊かなリスナー人生を送るためにはなかなか重要な課題だと思うよ」

司会者「具体的には何をすればそういうバイアスから自由になれるんでしょうか」

レジー「んー、何か「自由になる」というよりは「そういうバイアスがあることを自分で理解する」ってことのような気がするけどね。で、そこに入りそうなアーティストに出会ったらちゃんと実態を確認する」

司会者「そういう地道な話でしかないですかね」

レジー「「ほんとに自分が思ってるような感じの曲なのか?」ってのはネットで一瞬で確認できるわけで、結局はその手の積み重ねの気がする。あとは偶然の出会いを大事にするみたいなのはあるよね。僕の中では「フェス」と「誰かのレコメンド」がポイントだと思ってます。さっき言ってたバンドの誤解が解けたのも、基本的にはこのどっちかだもんね」

司会者「確かに」

レジー「フェスについては行ったら初めて見るバンドを意識的に予定に入れてみるとか、通りがかりで気になったステージに行ってみるとかね。僕がシェフと出会えたのははまさにこれだから。あとはフェス終わった後にまとめてテレビで放送したりするじゃないですか。そのときに知らないバンドについてちらっとだけでも見てみるとか」

司会者「それでだいぶ違いますよね」

レジー「僕の例だと、2011年のひたちなかのWOWOWの放送ざーっと見てる時に初めてワンオクのライブ見て「あ、意外とちゃんとしてるバンドなのか」って知りました。もう1つの「誰かのレコメンド」で言うと、一般論にはなるけどリアルの友人にせよウェブ上での信頼できる人にせよそういう情報源を複数持っとくみたいな話はあるよね。で、人から勧められたアーティストは少なくともYouTubeで1曲は必ず聴くようにするとか」

司会者「この辺は「偶然の出会いをメディアとしてどう演出するのか」みたいな話につながってきますね」

レジー「うん。この前書いた音楽雑誌話とも関連するかもだけど、ウェブ中心の情報摂取になると、ここだ!って思ったポイントについてぐーっと掘り下げていくことは簡単な反面、その隣にある面白いことってのにはやっぱり気がつきにくくなるよね。ここは例によって「別に気がつかなくても好きなのだけ聴いてりゃいいじゃん」ってスタンスの人が登場すると思うんだけど、これについては「でも今は気がついていない隣の島に、もっともっと好きになるものが隠れてるかもしれないよ」って話だと思ってます。まあこの辺の「ウェブのタコツボ化」問題は、ツイッターのタイムラインの作り方ちょっと意識するだけである程度は解決すると思うけどね。あとはそこに流れてくる情報、たとえば名前は何となく知ってるけど曲は聴いたことのない人たちの新曲のYouTubeリンクが流れてきたとして、それにアクセスするかどうかっていう気持ちの話になってきちゃうわけで」

司会者「意外とそこにハードルがありますよね」

レジー「まあ実際はそうだよね。でももしかしたらその先に未知の出会いがあるかもしれない。その方が楽しいよ、としか言えない部分ではあるけど。結局好奇心をどこまで持てるかって話に尽きますよ」

司会者「わかりました。最終的には心構え系の話になりましたが、こんな感じでいいですかね」

レジー「そうね。一番言いたかったのはシェフのアルバムすごく良いよってことなので、ぜひ聴いてみてください」

司会者「では次回はどうしますか」

レジー「前からちょこちょこ書いてるけど、たぶんサンセットライブのことやると思います。いやー今年も楽しかった。そういう話ができれば」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

ぼくとおんがくざっしのおもいで、そしてこれから+電子書籍の宣伝

レジー「こんなのが出ました。僕も関わってます」



司会者「なんか売れてるらしいですよ」

レジー「キンドル本の音楽部門1位ってのの規模感がよくわかんないんだけど、何事も1位ってのはいいことだ」

司会者「中身を簡単に説明していただけると」

レジー「批評家の宇野常寛さんがやってる雑誌『PLANETS』関連の音楽シーン総括鼎談の再録2本に加えて、新規コンテンツとして僕のインタビューが載ってます。1万字超」

司会者「結構なボリューム」

レジー「タイトルが「『音楽ブログ』から考える、ネット時代の音楽批評」っていう結構いかついものなんですが、基本的には「ぼくとブログ」「ぼくとロキノン」みたいな話をしてるので特に難しい内容でもないと思います。このブログ読んでいただいてる方には面白いと思いますので、良ければぜひ。キンドル端末持ってなくても、スマホに無料アプリ入れれば読めます」

司会者「なんか裏話とかありますか」

レジー「進行の都合上、原稿の直しをひたちなかでやってたんですよ」

司会者「へえ」

レジー「ホテルにレンタルパソコンがあるって話だったからそれ頼りに行ったら超古いPCで、共用だからなのかオフィスソフトが普通には使えないやつで。何かめんどくさそうだったので仕方ないからヤフーメールのブラウザに直接打ち込んで初日の夜と2日目の夜で直して、3日目の朝でよし完成した送ろうと思ってた矢先にリッチテキストからの変換かなんかで変なところをクリックしてしまったようで、全てのテキストが吹っ飛びました。あれは手が震えた」

司会者「それでどうしたんですか」

レジー「もう脳内バックアップでリカバー作業ですよ。大体4時間ちょっとかけてた作業を2時間くらいで何とか修復しました」

司会者「それで3日目は出発が遅くなったんですね」




レジー「カランコロンを断念しました。この前のやついフェスのときみたいにせんせいに骨抜きにされたかったんだけど。そんな犠牲を払ってリリースされたのがこの電子書籍なので、皆様ぜひよろしくお願いします」

司会者「立ち読みができないので、中身を軽くお見せしておきましょうか」

レジー「そうですね。冒頭部だけちらっと」

――レジーさんのブログは、その独特の読みやすい文体と、既存の音楽雑誌の記事と違って広告主との関係に縛られない自由な論評に新鮮味があって支持されていると思います。
 まずはレジーさんがこれまで読者として音楽批評に接してきて、どういった部分に魅力を感じ、またどういった部分に問題意識を持ってブログを執筆されているのかを教えてください。

レジー 僕は中高生のときから『ロッキング・オン』、『ロッキング・オン・ジャパン』や『ミュージック・マガジン』などの音楽雑誌を読んでいたんですが、その当時は特に「批評」というものを意識していたわけではなくて、今ではよく批判の槍玉に挙がる音楽雑誌独特の文体なり考え方なりにけっこう染まっていたんですよ。
 
――そういった音楽雑誌の記事は、今では「煽り過ぎなんじゃないか」とよく言われますが、その当時から現実とメディアのあいだに乖離があったんでしょうか。

レジー うーん……。自分がリテラシーがなかっただけかもしれないけど、その当時はあんまり感じなかったですね。昔は雑誌で「革命だ!」って言われて「そっか、革命なんだ!」と無邪気に受け取っていました。それが、年月が経って自分がたくさんの音楽を聴いてリテラシーが蓄積された結果そういう語り口に騙されなくなったのか、それとも音楽シーン自体がつまらなくなっているのに語り口や文体は昔のままだから「ズレてるなー」と感じるのか、正直どっちなのかよくわからないですね。

――レジーさんが音楽批評がつまらなくなっていったと思う時期っていつぐらいからですか?


司会者「これくらいですかね見せられるのは」

レジー「全部公開できず恐縮ですが、続きもぜひよろしくお願いします」

司会者「ここで音楽雑誌の話が出てきましてが、ちょうど最近クロスビートが休刊するという大きなニュースが飛び込んできました」

レジー「これ結構インパクトデカいよなあ」

司会者「読んでましたか」

レジー「いや、僕自身は洋楽聴いてた高校生当時もロッキングオン派だったので。この宇野維正さんの文章に詳しいけど、確かに「ロッキングオン買った後にそれでも買いたかったら買う雑誌」だったな。あとクロスビートだけじゃなくて、ARENA37℃も休刊なんでしょ

司会者「ワッツイン、パチパチの件から立て続けにきてますね」

レジー「うん。いろいろ岐路なんだよねきっと。最近自分のルーツを話すような機会が多かったんだけど、改めて考えると音楽雑誌って自分にとってすごく大事なものだったんだなあと実感しましたわ」

司会者「先ほどのキンドル本では洋邦のロッキングオンとミュージックマガジンという話が出ていますが、最初から読んでたのはそのあたりなんですか」

レジー「初めて買った音楽雑誌はワッツインです。中学2年生くらいかなあ。95年ごろ。CDデータ派とワッツイン派がいた気がする」

司会者「ミリオンセラー時代のど真ん中ですね」

レジー「ちょうどマキタスポーツのアルバムに『1995 J-POP』って曲があって、この時代のことを歌ってるんですが。この前のMUSICAのレビューでも書いたんですが、これ聴いたらほんと泣けてきて。なんか音楽本気で聴き始めたころの記憶がフラッシュバックしたんだろうね」





司会者「フルでは聴けないのかこのPV」

レジー「できれば最後まで聴いてもらいたい。ワッツインパチパチ休刊について調べてたら2ちゃんまとめにこんなコメントがあったよ

373: 名無しさん@恐縮です 2013/04/08(月) 16:05:24.26 ID:j63PFMbU0
バウンスない地方だからワッツインエスは重宝してた

380: 名無しさん@恐縮です 2013/04/08(月) 16:14:54.84 ID:Ak4wI6cS0
ワッツインのCDセルフライナーノーツを切り取って、そのCDのブックレットに挟んでた


司会者「これは世代あるあるかもですね」

レジー「僕も切り取ってCDに挟んでたわ。あとワッツインエスも読んでたよ。「バウンスない地方」ではなかったけど」

司会者「邦楽中心のワッツインに対して、洋楽邦楽どちらも扱う感じの雑誌でした」

レジー「あれすごくいい雑誌だったと思うんだよなあ。ああいうバランス感のメディアが今求められてるような気もするんだけど。90年代半ばにスウェディッシュポップのブームがあって僕結構それにはまってたんですけど、ワッツインエスはその辺わりとカバーしてくれてた気がするんだよね。カーディガンズやクラウドベリージャムはもちろん、ソフィーセルマーニとかパインフォレストクランチとか出てた気がする」





司会者「爽やかですね」

レジー「結局僕のDNAはこの辺なんですよ。トマパイが好きででんぱ組が苦手ってのもこのときに接した音楽の嗜好で説明できます。話戻すと、そんなふうにワッツインエスなんかも頼りに徐々に洋楽も聴き始めて。このあたりでオアシスに出会ったりしてるわけだけど」

司会者「時代を感じますね」

レジー「ねえ。で、もうちょっと堅い文章も読んでみたいなと思うようになってきて手に取ったのがミュージックマガジンでした。これも洋邦どっちも載ってたからってのと、インタビュー記事だけじゃなくて解説記事とかディスクガイドっぽい特集があったのが良かった。初めて買った号はアラニスモリセットが表紙だったね。96年とかか」



司会者「懐かしい」

レジー「こう考えると当時は外国の音楽も普通に聴いてたんだよなあ」

司会者「なかなかロッキングオンが出てきませんね」

レジー「たまに買ってたとは思うんだけど、ファーストチョイスではなかったね。どこで切り替わったんだろう。たぶん98年ごろだろうか。豊洲でやったフジに行って、そのライブレポートが載ってる雑誌を片っ端から買ったんですよ。その流れでロッキングオンもロッキングオンジャパンもクロスビートも他にもなんかいろいろ買って。そういうのがあって、気がついたらロッキングオンとロッキングオンジャパンを毎月買うようになってた」

司会者「ちょうど日本のロックもざわざわし始めたころですね」

レジー「そうそう。その辺の話もキンドル本ではしてます。毎月RO社の雑誌2冊買って、隔月で出てたBUZZも買ってたからトータルで年間30冊買ってたんだよね」

司会者「活字量多い雑誌ですけど全部読んでたんですか」

レジー「いや、さすがに一字一句読んでたわけではないかも。でも、最近って雑誌買うと一部の特集だけ見てあとは放置しちゃうことも結構あるんだけど、当時はそんなことはなくてわりと全ページ見てた気がするなあ。この頃に買ってたBUZZは今まで自分が接してきた音楽雑誌の中で一番面白かったと思っている」

司会者「結構ブックオフで売ってますよね」

レジー「見つけたら回収したりしてます」

BUZZ.jpg

司会者「リアルタイムのシーンの話と音楽の歴史の話をシームレスにしていた印象があります」

レジー「うん。扱ってるジャンルも広かったし、単なる作品論にとどまらない奥行きがあった。コラムページも超充実してたし。この30冊に加えてクロスビートとかスヌーザーも気になった時に買ってたなあ。98、99年くらいが人生で一番雑誌読んでた時期かも。最近はさすがにピンポイントでしか買わないもんね。定期的に買ってる雑誌というもの自体がない。雑誌じゃないけどエルゴラくらいか」

司会者「ちなみに音楽雑誌以外だと特にどういう雑誌読んでましたか」

レジー「そうねえ。そういや最近『グラビア美少女の時代』って本を読みまして」



司会者「ヤンジャンのグラビア撮ってる細野晋司さんの写真をネタにいろんな方が論考を書いてる本です」

レジー「僕世代的に広末涼子の洗礼を受けてるんで、そういう意味でヤンジャンのグラビアは自分にとって影響でかいですね。ああいう思春期的世界観は今でも好きだしこれからも逃れられないだろうなという意味で。もうちょっと論考的な話で言うと、広告批評でしょうか」

司会者「休刊してしまいましたね」

レジー「正直最近の音楽雑誌の休刊よりもあの時の方がよっぽど悲しかった。読み始めたの大学生になってからだけど、毎号買ってた。引っ越しとかでほとんど捨てちゃったんだけど、この2冊はなんとなくとってあります」

koukokuhihyou.jpg

司会者「スマップのが2002年10月号、宮崎あおいのが2008年10月号です」

レジー「スマップのやつは自分の人生にかなり大きな影響を与えてますね。当時まだ売出し中って感じだった佐藤可士和と多田琢の対談が載ってたりして、スマップというプロジェクトをいろんな角度から説明してて。コミュニケーションというものを考えるきっかけになりました。宮崎あおいのは写真がただただ可愛いかったので」

司会者「わかりました。ここまで主に音楽雑誌との接触遍歴についてやってきましたが、昔話ばかりしてても仕方ないのでこの先どうなるのかみたいな話もあれば」

レジー「僕自身雑誌作りに関わってきたわけでもないし、雑誌というメディアがどうなっていくのかって話は正直よくわからないんだよね。受け手としての実感だけで言うと、そもそも「紙媒体」というもの自体が基本的にはなくなっていく方向には進むんじゃないでしょうか。ただ、そのスパンが5年なのか20年なのか50年なのかはちょっとよくわからないです」

司会者「なるほど」

レジー「電子書籍ってまだまだ抵抗ある人多いような気もするし、僕もわりと最近までそうだったんだけど、たとえばキンドル一度使ってしまうとこの便利さからは逃れられないと思うんですよ。MDウォークマン使ってた人がiPodに移行したときと同じような話で」

司会者「軽めの本をサクサク読むにはキンドルって素晴らしいツールですよね」

レジー「電車の中でも片手で読めるしね。ただ、「雑誌的な発想のメディア」ってのはこの先もなくならないはずだしニーズはあるんじゃないかなと。ちょうどこの前「紙の編集という呪縛 ~紙のウェブ化ではない新しいかたちとは?~」っていう面白い文章を読んだんですが、紙vsウェブみたいな小さい話ではなくて、「情報を魅力的に伝達する」という視点に立った時にどういうことができるかって観点から必要な媒体を選ぶ、って話ですよね。その根底にある「情報の取捨選択と伝え方の検討」みたいな話は、ナマの情報が膨大にありすぎる今のような時代だからこそますます重要になってくるのかなと」

司会者「この記事には雑誌を中心にイベントやウェブなど他の媒体と連動して情報を発信するKINFOLKというメディアが紹介されています」

レジー「恥ずかしながら知りませんでした。しかしこう考えると、フェスやってTシャツ売って、って広げていってるRO社はなんだかんだで今のメディア環境をどうサバイブしていくか考えている感じはあるよね」

司会者「確かに」

レジー「で、一方で、ウェブの草の根から出てきたものが「メディア」として機能していくような現状もあるわけで。HI-HI-WHOOPEEとかはがっつり音楽聴いてる人たちにとってある種のポータルとして機能してると思うんですよ。あとちょうど正式公開になった正直リスナーも面白そう」

司会者「国分純平さんと渡辺裕也さん中心に、4人の方がアルバム評を点数付きでアップしています」

レジー「これだって普通に商業媒体でも書くような人たちがこういうことやってるわけで、こういうの軌道に乗り出したらほんと音楽雑誌なんていらなくなるよね少なくともリスナーにとっては。以前菊地成孔非公式botで見たこの発言がすごく印象に残ってて。正確なソースは知らないんですが」




司会者「うーん」

レジー「まあ「音楽を伝えることを商売にする」のは大変な時代になってるのは間違いないけど、やりようによってはまだまだ開拓できる領域のある分野だと思います。そういう意味では刺激的な時代ではないでしょうか。ただやっぱり思うのは、ウェブ上のディープな音楽言論空間っていわゆるJ-POPとかロキノン系とかそういう音楽が俎上に乗りづらいんだよね」

司会者「日本の音楽を扱う場合でもインディー寄りのものが多いですね」

レジー「J-POPとかロキノン系とか「ある層から見ればバカにされがち」な音楽、この区分けの話は以前も一度取り上げましたけど、そういうのが本気で好きで、発信意欲があって、かつ書く力もある人ってのがあんまりいないのかなあ。この辺の領域ってこれまでは何となく商業媒体の牙城だった気がするんだけど、その構造が崩れつつあるってことだとも思うので、僕としてはそこのスペースを埋めていければと思っています。長くなってきたので今回はそんな感じで」

司会者「わかりました。次回はどうしますか」

レジー「最近アイドル回りで面白い曲ちょこちょこ出てきてるからその辺の話やるかも。ちょっと考えまーす」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

ルーツミュージックがシーンをつなぐ --森は生きていると武藤彩未

レジー「先日発売になったクイックジャパンの最新号に森は生きているのアルバムレビューを寄稿しました」

  

司会者「記事の最初に触れている『帰り道』というのはこの曲ですね」



レジー「聴いたことない人はぜひ聴いてみてください。何度聴いてもうっとりしてしまう」

司会者「今回レビュー書くにあたって気をつけたことはありますか」

レジー「そうですねえ、これまでクイックジャパンではパスピエ、Perfumeと書きましたが今回はその時以上に「バンドのことを知らない人」を意識しながら書きました」

司会者「なんだかんだでレーベルついて初めての音源ですからね」

レジー「ツイッターとか見てるとすでに超有名バンドみたいな気がするんだけど、実際にはこれから世の中に出ていくバンドだよね。その辺踏まえて広がりが出るようにって思ってたんだけどどうだろうか」

司会者「クイックジャパンに限らず、いろんな雑誌でインタビューやレビューが出ています」

レジー「ね。大物系の人たちが結構書いてるからプレッシャーだわ」

司会者「他の方の原稿も読みましたか」

レジー「いくつか読みましたよ。そして読むたびに、あーこのバンドって言葉にするのがほんとに難しいんだなーと実感した」

司会者「そうなんですか」

レジー「なんかいろいろ見てると、森は生きているというバンドを一言で表す表現が「一言で言い表せない音楽」ってなってる気がするんだよね。これは自分が書いた文章も含めての話なんですが」

司会者「あー」

レジー「そこを言葉にするのが仕事じゃん!って感じもするんだけど、そのくらいの距離感をとっておかないとこのバンドのことがちゃんと伝わらないっていう感触もわかる気がするんですよ」

司会者「はっぴいえんどで押すのも何か違いますしね。とっかかりを作ってもらう意味ではわかりやすいキーワードではありますが」

レジー「そうそう。でね、森は生きているの音楽って、ものすごーく手間暇かけて丁寧にとったスープみたいなものなんですよたぶん」

司会者「はあ」

レジー「時代にせよ国にせよジャンルにせよ、いろんなところにまたがった音楽を一つの鍋にぶち込んで、じっくりじっくりとろ火で煮込んで、その結果としてできあがったのがこれです、って感じ。主成分は鶏がらかもしれないけど、鶏がらスープって言い切っちゃうにはすごく複雑な味がする。じゃあ「実はニンジンとタマネギとセロリも使ってるんです」って説明すればいいかと言うと、ますます味がイメージできなくなるみたいな」

司会者「確かに「秘伝のスープ」みたいなものを説明するのは難しいですよね」

レジー「そういう「シンプルな中に滋味が広がっている」って構造の音楽だから、どういう書き方もやろうと思えばできるんだよね。いろんな方が森は生きているについて書いている文章読んで、「このバンドは書き手の本質を炙り出す写し鏡みたいだなあ」と思ったんですよ。音楽について文章を書く場合ってどんな対象を扱うときでもそういう側面はあるのかもしれないけど、このバンドはそれが顕著というか。僕はレビューの中で「ただ、とにかく、普通にいい歌」「いつでも、どこでも、誰でも」って表現を使ったんだけど、これは自分がポップソングに求めてるのがこういう価値観だからそれを投影してたんだよね」

司会者「なるほど」

レジー「たぶん他の方の文章もそうなってるはずで、たとえばMUSICAのインタビューで鹿野さんが「マイノリティリスナーの代弁者」って言葉を使ってたけど、やっぱりこれって「こういう音楽ははぐれ者のためのものであってほしい」っていう願望の表出ですよね。ロキノン型の文章を書く人はいつも以上にその文体が炸裂しててわけわからん感じになってたりとか。リスナーサイドでも、結局いわゆるインディー系の音楽ってそんな広がらんよねっていうスタンスの人は「どうせ一部の人が騒いで終わり」みたいなこと言ってたり」

司会者「カジヒデキさんは「アンファン・テリブル」なんて言葉を使ってました」

レジー「僕がこの言葉を聞いて思い出すのはフリッパーズギターなんですけど、彼らがやってた既存のメディアを挑発するようなことを、森は生きているは何の意識もなくやってるってことなのかもなあなんてちょっと思いました。ごちゃごちゃ言ってる人たちの化けの皮を剥いでいくようなね。なんか「いいから黙って聴けよ、クオリティは保証するから」って言われてるような気分になる。こういうバンドを然るべき場所に正しく伝えられるか、メディア側の姿勢も問われているような気がするね」

司会者「アルバムは今週21日に発売です」

レジー「冒頭に紹介した音源でピンときた人は絶対損しないと思うので、ぜひ聴いてみてください。クイックジャパンのレビューもよろしくお願いします」

司会者「ももクロかなこの表紙が目印です」

レジー「あの特集まだ全部は読めてないんだけどすさまじいボリュームだよね。その特集ももちろん必見なんですけど、今回のクイックジャパンで取り上げられてた武藤彩未ちゃんという子に僕は釘付けになってしまいました」



司会者「クイックジャパンの記事は、岡田康宏さんが文章で古渓一道さんが写真とツイッターでお世話になってる方が関わってますね」

レジー「超かわいいじゃんこの子」

司会者「元さくら学院の方なんですね」

レジー「全然知らなかった。さ学って何となくずっとスルーしてるからなあ」

司会者「今やっているソロプロジェクトは「DNA1980」という名前がついています」

レジー「どういうものなのか、クイックジャパンの記事を引用します」

武藤彩未ソロプロジェクト第一弾は1980年代の楽曲を厳選し、彼女自身の歌とともに現代に再生させること、音楽の原点回帰によって彼女自身に音楽DNAを取り込み、現代に継承することを目的に“DNA1980”というタイトルがつけられた。

司会者「合わせて武藤さんご自身のコメントも紹介します」

最初はカラオケに行くところから始まったんですよ。とにかく好きな歌をなんでも歌ってみろと言われて。普段からカラオケでも80年代の曲ばかり歌っているので、その辺の曲をたくさん歌って。

両親の影響なんですけど、80年代の曲は小さい頃からずっと聴いていて、だから私の中ではそれが普通というか、もう当たり前になっているんです。


レジー「こういう背景で、松田聖子やキョンキョンなどをカバーしてると。浅香唯『セシル』の音源があったけど歌上手ね」





司会者「『あまちゃん』もそうですが、80sアイドル再評価の波が出てきてるんですかね」

レジー「アイドルシーンが盛り上がって、そのルーツとしての80年代を見直そうみたいな動きが起こってるのは面白いよね。そうやって縦軸がつながっていくのはいいなあと思います。単なるおっさんほいほいにならないといいなと思いつつ、僕自身80年代の音楽はリアルタイムで体験してないけどいろいろ発見があるしいい方向にいってるんじゃないかなと。で、さっきの武藤さんの発言と同じようなことを、冒頭で紹介した森は生きているの岡田さんが言ってたんですけど。MUSICAのインタビューからの抜粋です」



一番初めにインパクトを受けたのが、ビートルズだったり、(エリック・)クラプトンだったりっていう親の影響で聴いた音楽だったし。今の音楽というか、CD時代になってから音楽なんて小さい頃からあんまり聴いてこなかったんで、自分の中ではそれがあるべき姿だって思ってたんです(笑)。

司会者「おお」

レジー「「今の時代の音楽」じゃなくて、「今の時代の音楽の下敷きになっているもの」をずっと嗜んでいて、そういう音を「今の時代」に鳴らそうとしていると。やり方もジャンルも全く違うけど、同じタイミングでこういう発言に立て続けに出会って面白いなあと思いました。なんか、「同時代の音楽を聴かなくても楽しめる時代」の象徴的な出来事だなあと」

司会者「インターネットが一般化して自分の好きなジャンルを掘り下げるみたいなことがしやすくなって、一義的な「文化の時間軸」とは違う価値観が浸透しつつありますよね」

レジー「そうですね。インディーシーンとアイドルシーンって対極にあるような気がするけど、点で見ると同じようなフィロソフィーで動いてる人たちもいると思うんですよ。なんかこういう動きがうまく合流していったら今の日本の音楽がもっと豊かになるのになあとか漠然と感じました」

司会者「そうは言ってもかなりの距離がありますよ」

レジー「それはそうなんですけど、何かヒントがないのかなあと思って武藤彩未ちゃんがライブ会場で限定販売しているという「LIVE1980」のカバーアルバムに参加してるミュージシャンを見てたら、ちょっと気になる名前がありまして。ドラムで玉田豊夢さんが参加してるのね」

司会者「最近ではレキシバンドの蹴鞠changとしておなじみの」

レジー「ポルノグラフィティもいきものがかりもやってるんでしょ。超レンジ広いよね。僕にとっては完全に100sの人なんですが」

司会者「中村一義のひたちなかでのステージのために結成されたバンドがベースになってます」



レジー「懐かしい話ですわ。で、最近ちょうど『風立ちぬ』を見まして。その流れで小谷美紗子の『ひこうき雲』のカバーを久々に聴いたんですけど」



司会者「超かっこいい」

レジー「このバンドのドラムも玉田さんなんですよね。他にも池ちゃんに田渕ひさ子、イースタン二宮友和っていう豪華バンドです」

司会者「そもそも『ひこうき雲』はユーミンがキャラメルママの面々と一緒に作った作品ですね」



レジー「キャラメルママ、細野晴臣や鈴木茂など、つまりはっぴいえんど以降の人脈が編曲と演奏にがっつりかかわってるんですよね。武藤さんの80年代カバーから玉田さんつながりで『ひこうき雲』の話まで来ましたが、こういう「曲提供だけではない、バックバンドとしての歌い手と演奏者のつながり」って形で全然違うシーンが結合していくってのはあり得る話なのかなと。玉田さんもそうだし、ノーナリーブスの人たちとか「あ、ここでも演奏してるのか!」みたいなケースっていろいろありますよね」

司会者「山Pとオカモトズとかね」

レジー「そうそう。今はメジャーでバリバリやってる人たち中心にそういう流れがあるけど、もっと下の世代の才能あるミュージシャンをフックアップするような潮流が出てくるといいんじゃないかなと。ある意味ヒャダインとかtofubeatsとかも、アイドルシーンの波があったからこそここまでスピーディーに広がったって側面もあると思うんですよ。そういうのがさらに波及すると楽しい」

司会者「それこそはっぴいえんど~キャラメルママ・ティンパンアレーの流れからニューミュージックにつながっていって日本のポップスを底上げした、みたいなことがまた起こったらいいですよね。この辺の経緯は『ニッポン・ポップス・クロニクル』に鮮やかに描かれているので興味のある方はぜひ」



レジー「この本おすすめです。話戻すと、最初にも触れたとおり森は生きているははっぴいえんどを引き合いに出して語られることも多いけど、単に音が似てるって話だけじゃなくて日本のポップミュージック全体に影響を及ぼすような存在になったらいいなあと思いますわ。彼らにはそんな期待をしつつ。あと武藤彩未ちゃんは早くライブ見てみたいです。さ学抜けた子がこういう形でソロで出てきて、ってのはアイドルの盛り上がりも完全に2周目に突入した感じがあるよね。そっちも引き続き注目していきたいと思います。今回はこんな感じで」

司会者「わかりました。次回はどうしますか」

レジー「ちょっとミスチルのサマソニの話とか気になってるんだけど考えます」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」
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