レジーのブログ(旧)

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「巨大なアーカイブ」に埋もれた90sJ-POPを勝手に再評価する新企画

司会者「先日のtofubeats『lost decade』についての記事ですが、ご本人にも読んでいただけたようです」







レジー「嬉しい!」

司会者「『エイリアンズ』から影響を受けてるんですね」

レジー「面白いよね」

司会者「『エイリアンズ』と『水星』の間に約10年間あります」

レジー「この間にも「拡張現実」的な世界観を歌ってる曲があるんだろうなあ。見つけたら紹介したいと思います。で、最近『水星』のこのカバー話題になってますね」



司会者「IKKUBARUというインドネシアのバンドだそうです。マルチネでフリー音源が落とせます

レジー「かっこいい。てかインドネシアのシーンってどうなってるんだろ。ファンコットしか知らないからこんな音出てくるとびっくりするわ。あとこれはちょっと前のですが最近知ったやつ」



司会者「OK?NO!!というユニットで、「遅れてきた渋谷系」なんてコピーがついてますね。最近2作目のアルバムが出ました

レジー「この人たちすごいツボです。ほんとこういう音には抗えないわ」

司会者「なんでこういう音になってるのかは気になるところですね」

レジー「うん。その辺また改めてやりたいなと思ってます。とりあえず直近で出た『Party!!!』ってアルバムすごいいいよ」

司会者「わかりました。で、今回はどうしましょうか」

レジー「はい。前回の記事で「ブックオフやツタヤが巨大なアーカイブとして機能している」って話をしたじゃないですか」

司会者「いろんな時代・ジャンルの音楽がフラットに並んでいてそこと接続することで新しいものが生まれてくる、tofubeatsやの子がそうだったように、という話でした」

レジー「で、これってamazonにも同じことが言えると思うんですよ」

司会者「確かに何でも買えますからね。各店舗の在庫に左右されるブックオフやツタヤよりもある意味では巨大なアーカイブですね」

レジー「そう思います。で、まさにそんな話を先日ツイッター上でしてたところだったんですよ。きっかけはこのツイートです」




司会者「確かに今1円でいろいろ買えますよね」

レジー「で、次のこのツイートで僕のテンションはマックスになりました」




司会者「この名前の羅列でどのくらいの方に伝わるんでしょうか。90年代半ばから後半に活動していた日本のバンドですね。CDバカ売れの時代でしたが、大ヒット!というような曲には恵まれなかった人たちでもあります」

レジー「試しに90s好きの若いフォロワーさんに一部のバンドについて聞いてみたんだが知らないとのことだった」

司会者「おそらくリアルタイムでその時代を通過してる人じゃないとピンとこないんでしょうね」

レジー「きっとそうなんだろうなあ。で、この流れの中でこんなことになったんですよ」







司会者「ほう」

レジー「というわけで、新企画をスタートさせたいと思います。タイトルはこちら」


あの1023円で何が買えたか?
-もはや誰も顧みない90sJ-POPを勝手に供養する-



司会者「1023円、つまり341円×3枚ということですね。1円+送料340円」

レジー「はい。アマゾンを巡回して、「1円で買える90年代半ば~後半デビューのさして売れなかった人たち」のCDを3作品発見して回収します。で、その中身について自分の思い出も交えて話をすると」

司会者「今回がその1回目ということですか(アクセスにつながらなそうな企画だな)」

レジー「僕なんだかんだ言ってこの時代にこのくらいの売れ方してたバンドって大好きなんですよね。ある意味一番の得意分野と言ってもいいかもしれない」

司会者「まあ確かに、音楽聴き始めた原体験と結びついてる時期ですからね」

レジー「そうそう。友達みんなでNHK-FMのミュージックスクエア聴いてたわけですよ。で、さっきあげたようなバンドの曲もよくかかってました。だから僕と同世代で日本の音楽がっつり聴いてた人たちは、実はこの辺わりと知ってるはずなんですよね。でも当たり前だけど、世間的に売れてたわけじゃないから今更名前を出すようなきっかけもない」

司会者「MステやカウントダウンTVの昔のチャートに出てくるような売れ方はしてないですからね」

レジー「うん。巨大なアーカイブが存在する!とか言ったって、この辺の人たちが再評価されるなんてこともはや絶対ないじゃないですか」

司会者「絶対かはわかりませんが、可能性は低いと思います」

レジー「ね。で、誰も再評価しないなら僕がやりますわって話ですよ」

司会者「はあ」

レジー「以前「ポストミスチル」に関する記事でも書きましたけど、この90年代半ばから後半にかけてって、ミスチルスピッツがドーンと売れた中で「じゃあちゃんとしたメロディのあるバンドで2匹目3匹目のどじょうを狙いましょう」みたいな動きがすごく活発だったころなんですよね。90年代って「小室系や渋谷系が沈んでいくところに98年組が一気に時代を塗り替えた」的な歴史観で語られがちだと思うんですが、ある種その狭間の時期に真っ当に「いい歌」をやろうとトライしてた人たちがいたという証を残しておきたいなと」

司会者「まあ確かに、語られていない歴史を紐解くことでいろいろ面白い発見があるかもしれませんね」

レジー「うん。それもそうだし、普通にいい曲多いんだよ実は。その辺も含めて紹介していければと思ってます。というわけで、記念すべき1回目に取り上げる3枚はこちらです」

90s1.jpg

司会者「あー、このアルバムね!とはならないんでしょうね」

レジー「まあそれは仕方ないわな。1つずつやっていきます」

After me 『After me』





司会者「最初のバンドはアフターミーです。99年1月に『明日の向こう』でトライアドからメジャーデビュー。このアルバムの同じタイミングでリリースされています。その後ちょこちょこシングルを出すも、02年7月に活動休止を発表と」

レジー「バンドのオフィシャルサイトファンサイトを参照したんだけど、すっかり更新が止まっちゃってるのが切ない。てかwikipediaにもないってどういうことよ」

司会者「このバンドは「ポストスピッツ」なんて呼ばれてましたね。この『明日の向こう』はラジオ21局でパワープレイを獲得したとのことです」

レジー「この曲はよく聴いたなあ。イントロの「ジャカジャーン!」を聴いた瞬間にいろいろ思い出しました」

司会者「いい曲ですよね」

レジー「ちょっとストリングスの音でかすぎるけどね」

司会者「確かに」

レジー「この頃ってお金もそんななかったし近所のレンタル屋も品揃えしょぼかったから、1曲知っててもアルバムは聴いたことないってケースが多いんですよ。この人たちもそのパターンで今回初めてアルバムを聴いたんですけど、今では考えられないくらいバンド以外の音が入ってるね。ここホーンいらなくない?みたいな。で、アルバムトータルとしては、『明日の向こう』とそれ以外の曲にだいぶクオリティの差がある印象」

司会者「そういうアルバム当時よくあった記憶が」

レジー「ギターがノイジーに鳴ってる曲だったりホーンと鍵盤がフィーチャーされてる曲だったりいろいろやってるんだけど、「普通の歌」をやるにはメロディとボーカルの力が圧倒的に弱い。「ポストスピッツ」なんて言われてて『明日の向こう』はその名に恥じない曲だと思ってるんですが、アルバムを通して聴くとスピッツおよび草野マサムネのすごさが逆説的に際立つ感じになってるなあとも思いました。こんな感じで、では次のアルバムに行ってみましょう」

rough laugh 『われ唄う故にわれ在り』







司会者「この人たちはwikiにページがありますね。メジャーデビューは99年1月で、このアルバムは同年の10月に出たファーストアルバムです。01年4月には活動休止か。また実働が短いな」

レジー「僕がよく聴いてたのは『sometime somewhere』ですね。これもラジオで出会ったパターン」

司会者「改めてラジオが音楽との接点になってたんだなあと実感しますね」

レジー「うん。MDに録音して大事に聴いてましたよ。『誰がために鐘は鳴る』はフジテレビのドラマ主題歌にもなったけどどうにも売れなかったな」

司会者「ファーストアルバムに関しては全ての曲をボーカルの西沢サトシさんが書いています」

レジー「この人たぶん天才系なんだろうね。僕『sometime somewhere』の印象が強かったからアルバムもそういう素朴な感じの曲が多いのかと思ったら」

司会者「心地よく裏切られましたね」

レジー「ビッグバンド風の曲からジャズ調の小品まであり。すごいバラエティ。歌も表現力があるし、今でも十分聴けるんじゃないかなこれ。勝手な想像だけどスキマスイッチとかってこういうことやりたいんじゃないのかなとか思った」

司会者「西沢さんはその後ソロでも活動し、今は活動休止されてるとのこと

レジー「ソロの音源もあったけどそっちもなかなかいいよ。丁寧なポップス。こういうの聴くと、ただ才能があるだけでもだめなんだなって思うね。厳しい世界だ。今みたいに「メジャーデビュー+マスタイアップ」以外にも世の中にでていくルートがあったらもっと評価されたかもしれないなあ」

CURIO 『Sweet&Bitter』







司会者「今回の3つではこのバンドが一番有名ですかね。97年にメジャーデビュー、その後ボーカルの逮捕やらメンバーの脱退やらで2003年に解散と。『るろうに剣心』の主題歌をやったりMステに出たりと比較的表舞台で活動していました。このアルバムは98年7月のリリースです」

レジー「よくカラオケで歌ってたなあ。そういや高校の軽音楽部でボーカルやってた時この人に声が似てるってよく言われてたの思い出した」

司会者「へえ」

レジー「僕にとっては『粉雪』っていうとレミオロメンじゃなくてこっちなんだよね。きっと共感してくれる人がいるはず」

司会者「佐久間正英がプロデュースしてたり結構力の入ってたバンドなんですよね」

レジー「そうね。メロディもすごいキャッチーだし。チャートもそこそこのところまではいったんだよね。アルバムでは時代を意識してか、ヘビーロック風味やエアジャム風味の曲にトライしてるのが何とも言えない。で、今回気になったのがこの歌詞の表記の仕方なんですけど」

curio歌詞

司会者「コードと一緒に載ってますね。演奏してほしいってことだったのかな」

レジー「そうかもね。でもそのわりに、このアルバムも先に紹介した2枚と一緒でストリングスもホーンもガンガン入ってるわけで、学生バンドでの完コピは難しいわな。鍵盤でカバーしても絶対しょぼくなるだろうし。で、このまままとめに入りたいんですけど」

司会者「はい」

レジー「今回3枚聴いて思ったのは、なんでギターバンドの音にこんなに弦や管楽器いれるの?っていうところで。rough laughは音楽的に必然性があるのも多かったけど、After me とCURIOはそこまでやらなくても・・・ってのが結構ありました。バンプアジカン以降の今のシーンではちょっと考えられない」

司会者「派手で流麗な方が売れる、みたいな信仰もあったんでしょうね」

レジー「うん。で、以前も紹介した『ロックとメディア社会』の一節を改めて引用したいんですけど」



ミスター・チルドレンの歴史的な特徴は、プロデューサーの小林武史によって徹底的に管理されたバンド・サウンドであるということだ。
(中略)
小林武史によるプロデュースの成功は、サウンドを歌へと徹底的に集中させ、桜井和寿の複雑な歌詞がしっかりと聴き取れるようにしながらも、楽器それぞれの音色をしっかりと配置したこと。そしてそのアンサンブルがすっきりと整理され、空間のある、開放感のあるサウンドに仕上げたことである。


司会者「「ミスチルの夢よもう一度」の人たちは、こういう考え方でバンドの音にいろんなものを重ねていったんですかね」

レジー「前も書いた通りそもそもこの記述について全面的には承服しかねる部分もあるんだけど、こういう「バンドの音をコントロールして耳触りの良い歌にすることが売れる早道!」みたいなムードはあったんだろうね。で、さらに言うと、3枚ともそのストリングスやホーンを演奏するミュージシャンがしっかりアサインされてるんですよね。同期ではなく」

司会者「バブリーですね」

レジー「この話に関連して、kenzeeさんがaiko『ボーイフレンド』でバンジョーの音が鳴っていることについて書いている文を引用して終わりたいと思います」

なにしろボカロ以降、一人で完結するのが普通という時代になったのだから。コンガやバンジョーのプレイヤーにちゃんとしたギャラが払えるのは音楽産業が回っていたからである。今、このようなセッションは可能だろうか。HMV破産のニュースを聞いた今となっては音楽バブル時代の貴重な記録音源かもしれない。

司会者「うーん」

レジー「というわけで、今回自分が好きだったグループのCDを無作為に3枚選んだんだけど、期せずして90年代後半の音楽業界華やかなりし頃のドキュメントにもなったんじゃないかと思います。「売れそうで売れなかったもの」って、時代性がダイレクトに反映されてるんだね。まだ無名のミュージシャンにがっつり投資して、「一発」を狙って聴きやすい歌を作って、当たらないといつの間にかフェードアウト。こういうのを見ると、時として美化されがちな「音楽シーンにおける90sという時代」は本当に素晴らしかったのか、って気になりますわな」

司会者「まあでも音楽そのものに罪はないですよ」

レジー「それは確かにね。今回懐かしい気持ちになっただけじゃなくていろいろ発見もあったし。ちょっとrough laughは関連音源あたってみようと思います」

司会者「わかりました。では今回はこの辺で。次回はどうしますか」

レジー「この企画はまたそのうちやりたいと思います。次回は連休いくつかライブ行くからそれについてやるかなあ。ちょっと考えます」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

ノスタルジーとの向き合い方(ストーンズバーとHMVを起点にした雑談)

司会者「少し前の話になりますが、昨年末にアップした「「洋楽離れ」と「ビール離れ」の話」がガジェット通信に掲載されました

レジー「その他のニュースサイトにもいくつか配信されたみたいですね。ありがとうございます」

司会者「広く読んでいただける機会を得られるのはありがたい話ですね。何かあればお声掛けよろしくお願いします」

レジー「あの記事では「洋楽を聴かない人」という事象をビールのアナロジーで説明してみたのですが、最近それと関連性があるようなニュースがありました

サントリー「ストーンズバー」販売終了へ 若者に浸透せず…売り上げ目標半分

 サントリー酒類は15日、英国のロックバンド、ザ・ローリング・ストーンズの結成50周年を記念して昨年発売した「ストーンズバー」シリーズの販売を終了する方針を明らかにした。

 売り上げ不振のためで新規生産はせず、現在の在庫分をもって終了する。交渉5年、巨額の契約金を払い、ミック・ジャガー本人も気に入ったという商品だったが、ストーンズを知らない若者には浸透しなかった。

 ストーンズバーは、ストーンズのロゴである「ベロマーク」をあしらった新ジャンルのビール類とかんきつ系のハイボール、栄養ドリンク風味のカクテルの3種類を昨年6月から展開。ビール離れが進む20~30代の若者層を取り込む狙いだったが、売り上げは「目指したものに届いていない」(相場康則社長)と、想定の半分程度にとどまった。昨年10月に発売した、50年ものの原酒を使った150本限定の「50周年記念ウイスキー」(50万円)だけは好評で、団塊世代のファンや高級飲食店を中心に完売したという。

司会者「結構話題になってましたね。販売終了がニュースになるだけマシという感じもしますが」

レジー「ほとんどの商品はひっそりと死んでいくからね。で、よく知らない商品だったので発売時のリリースとか開発者のインタビューとか見たんだけど、これ完全に「ストーンズありき」の商品開発だったのね。サントリーの宣伝部長の方のコメントがこんな感じ

「そこ(注:若い人はストーンズの音楽は知らないがマークへの認知度は高く、「かっこいい、テンションが上がる」という反応が多い)に着目し、若い人のビール離れ、酒離れに歯止めをかけるため、マークを商品開発に生かそうと考えた。『団塊の世代』のロックファンには、新しい軽めの酒として楽しんでほしい。期間限定の専用バーも18日、東京・六本木にオープンする」

--普通は商品を作ってから宣伝を考えるのでは

「今回は『逆転の発想』を取った。不景気で閉塞感のある世の中に一石を投じ、『さすがサントリー』と言われるような、新しくてわくわくすることをしたかった。伝統の『やってみなはれ』精神が生きたと思う」


司会者「きっと調査したらそういう結果が出てきたんでしょうけど、若者とるのにストーンズってどうよってツッコミは社内でなかったんですかね」

レジー「こういうのは調査より直感の方が正しかったりするよね。回答者も空気読んで答えたりするし。そこまで踏まえて社内を通すのが難しいのは経験上わかるんですけど」

司会者「超高価格の限定商品が完売したってのもまた何だか切ないですね」

レジー「商売相手を見誤った感が強調されちゃうからねえ。ライフスタイルの提案とか言ってカテゴリー横断商品にしたら正体不明になっちゃったとかコンセプト設定における典型的なミスなわけで、サントリーともあろう会社がどうしたんだろうって感じですね。で、この件は先日の記事で指摘した「洋楽を聴こう運動」がはまっている問題とも通じるところがあるなあと」

司会者「具体的には」

レジー「最初に思ったのが、ターゲットがものすごく「記号的」なんですよね。実在感がないというか。この商品のリリースにこんなことが書いてあるんですけど

流行に敏感な若者が集うクラブやダーツバー、カラオケなどでも気軽にお楽しみいただけるよう、スタイリッシュな瓶入りアイテムも取り揃え、仲間とのパーティーシーンを盛り上げます。

司会者「うーん、何となくリア充っぽい人を想像してるのかしら」

レジー「イメージできなくもないけど、ほんとにそういう場所に「流行に敏感な若者」がいるのかって話ですよね。完全にファンタジーの世界。「洋楽を聴こう運動」における「10代・20代前半のロック好き少年」っていう漠然とした想定ターゲットと同じものを感じました。で、じゃあ仮にそういう人たちがいたとしましょう。その人は今でも何かしら飲み物を飲んでますよね。それがアルコールなのかノンアルコールなのかはわからない。そういう人たちが、今飲んでるものではなくてこのストーンズバーという商品を選び取る理由は何なのかって話です」

司会者「それがストーンズのマーク、って言いたいんでしょうね」

レジー「まあそれじゃ買わないわな、少なくとも「ストーンズはよく知らないけどベロのマークはかっこいい」くらいの認識の人たちは」

司会者「ストーンズというものに何の特別感も感じてないわけですからね」

レジー「うん。これも「洋楽を聴こう運動」で言うと、「今邦楽で十分楽しんでるんだけど、なぜそうやって楽しんでる時間を洋楽に割いた方がいいの?」って問いに対する答えが「それは洋楽だからです、つまり海の向こうの本物だからです」以上のものがないのに近いなあと」

司会者「「一部の人だけが共有している特別感」をベースにしてるコミュニケーションはその「外」の人たちには伝わりづらいですよね」

レジー「ほんとそうね。ここは完全に自戒の念も込めてなんですが、ストーンズバーの件は「“特定の音楽に対するおっさんのノスタルジー”が市場でワークしなかった例」としてすごくわかりやすいなあと思いました」

司会者「確かにそうなんですが、ノスタルジーから完全に逃れるのも難しいですよね」

レジー「まあそれはそうなんですよね。最近もそういうノスタルジーがくすぐられるニュースがあったんですけど

音楽ソフト販売の英HMVは14日、販売不振で資金繰りに行き詰まったことなどから大手会計事務所のデロイトを管財人に指定したと発表した。事実上の倒産に当たり、今後は営業を続けつつ事業の引受先を探す。

HMVは英国とアイルランドで約240店を運営。2012年5~10月期決算で3600万ポンド(約52億円)の最終赤字を計上した。年末商戦でも巻き返せず、自力での経営再建を断念した。

英HMVは1990年に日本に進出したが、07年に日本事業を大和証券系の投資ファンドに売却。10年にはコンビニエンスストア大手ローソンが買収している。


司会者「これねえ」

レジー「改めて思ったけど、今やタワーもHMVも日本は別法人ってのが何とも言えないよね。僕中2のとき家族旅行でロス行ったんですが、向こうのタワレコで買い物するのがすごく嬉しかった記憶があります」

司会者「今ではモリッシーが渋谷タワーレコードに興奮する時代ですからね

レジー「HMVはローソン、タワーは筆頭株主はドコモだけどセブンアンドアイの資本が入ってるわけで。こういう座組みで何かしらシナジーは出てるんですかね。全然戦略的に取り組んでる感じがしないんだけど。ローソンとHMVの合同店舗とか、アリバイ作りのためのコラボって匂いがぷんぷんする」

司会者「通販で買った商品がコンビニ店頭で受け取れるサービスはあるみたいですね」

レジー「うーん。まあなんかセブンやローソン陣営にとっては「品ぞろえの一つ」くらいでしかないんだろうね」

司会者「今となってはタワーにもHMVにも特別感なんてないんでしょうしねユーザーサイドから見ても。どこにでもあるし」

レジー「きっとそうなんだと思う。さっき中学生の時アメリカのタワーに行くのにわくわくしたって話をしたけど、当時千葉のベッドタウンに住んでた僕は都心のタワーやHMVに行くってこと自体が「イベント」だったんですよね。僕はタワー派だったんですが、最初は池袋のピーパル、渋谷が今の場所に移ってからは渋谷に行ってました」

司会者「渋谷タワーの建物が昔はビル全体で子供服だかおもちゃだかを売ってるデパート的なものだったとか知らない人多そうですね」

レジー「リニューアル前のトイレに名残があったよね。で、僕が渋谷タワーに通いだした当時は「渋谷系」的な波もひと段落してたわけですが、渋谷HMVがそういうムーブメントを生んだ特別な場所だったってのは知ってました。渋谷タワーをがっつり見て、HMV、WAVEと回って帰ってくる感じでしたね。お金ないから試聴ばっかりだけど」

司会者「YouTubeもフリーDLもない時代の情報収集ですな。渋谷HMVに対する特別感ってのは多くの人が感じていたわけで、渋谷HMV閉店発表時に拡散されたこの有名なエントリーにもその感じが表現されてますよね」

レジー「これ改めて読んで、自分の実感値も踏まえて昨今の洋楽関連の議論に無理やり接続させるとすると、このブログに書かれているような時代ってたぶん「洋楽を聴くこと」そのものというよりも「こういうお店に洋楽のCD/レコードを買いに行く」ことがかっこよいとされてたんじゃないかなと思いました。ここに行かないと手に入らない情報が発信されている外資系CDショップとか、その界隈のごちゃっとした小規模レコードショップ群とか」

司会者「この辺の話は以前も少し触れてますが、行ってましたもんね宇田川町とか西新宿とか」

レジー「うん。スウェディッシュポップの流れからzestに行き、ブートレグ求めて西新宿へ。学校がその辺だったから行きやすかったってのもありましたが。電話帳みたいなCDショップガイドを持ってました。中高生でそういうことしてるのはまあまあスノッブだったと思いますが、今考えるとあれもかっこつけの一種だったなあ」

司会者「男子校だからかっこつけてもしょうがないのにね」

レジー「対異性とは違った論理の話だよね。今ではタワーもHMVも郊外に普通にあるし、zestもとっくになくなり、未知の音楽聴きたけりゃネットにアクセスする時代なわけで、CDショップの持つ「文化発信基地としての特権的な立場」が相対的に薄れてきた。そういう中で「洋楽を聴く≒洋楽のCDを買いに行くという“ポーズ”をライフスタイルとして取り入れて周囲にアピールする」層が完全に剥がれていった、もしくは流入しなくなった。「洋楽離れ」的な話にはこういう側面もあるんじゃないかなと思いました」

司会者「「洋楽離れ」にとどまらず、「音楽離れ」とも関係のある話かもしれないですね。長くなってきたのでそろそろまとめに入りたいんですけど、最近の代官山蔦屋とかリニューアルした渋谷タワー、特に2階の雰囲気が顕著ですが、ああいう動きは「文化発信基地としての特権的な立場」を取り戻そうという動きともとれると思うのですが」

レジー「どっちも書籍を扱ってるから音楽の話にどこまで引きつけていいかわかんないけど、そういう文脈で語れるんじゃないかな。まあでもこれもストーンズバーと同じで、気を付けないと「あーおっさんたちは昔こういう感じ好きだったのね、俺らには関係ないけど」ってなるよね」

司会者「タワーに関しては、地下フロアをドミューンと連携させたりして新しい取り組みもしていますよね」

レジー「そうですね。そういう意味ではタワーには期待していますよ。T-Palette Recordsの展開も含めて、リアルとバーチャル、旧来型の「おしゃれ感」と今の時代らしい「最先端感」をハイブリッドしようとしてるわけで。ここ最近のエントリーで音楽ジャーナリズムどうよって話をしてましたが、タワーの取り組みの方がある意味よっぽどジャーナリスティックですよね。こういう動きの中から文化としての音楽の新しい在り方が出てきたらいいなあと思います」

司会者「わかりました。では今回はこの辺で。次回はどうしましょうか」

レジー「そうですねえ。そろそろドキュメンタリー映画も始まるし久々にAKB話やろうかなあ。予定は未定ということで」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

「ポスト○○」から大成した人たちっているのかね

レジー「いやー、この前紹介したRAZZ MA TAZZの「サヨナラのキスではじめよう」いい歌だわ」

司会者「最近こういう音あんまないですよね」

レジー「まあ今聴くと音の「強度」みたいなものが決定的にないよね。懐かしさがあるから聴けてる部分はある」

司会者「で、こういうバンドがいくつもあったんだよ、って話で前回終わったわけですが」

レジー「はい。90年代半ばにこんな感じの「バンドサウンドで歌を聴かせる」バンドがぽこぽこ出てきてたんですよ。で、さっきのラズの曲が出たのは95年ですが、その辺の時代背景を確認しときたいと思います。まずは何と言ってもTKの天下ですよね」

司会者「小室哲哉」

レジー「篠原涼子 with t.komuroの「愛しさと切なさと心強さと」が94年7月。trfの「survival dAnce」と「BOY MEETS GIRL」もそれぞれ94年。ここからしばらく小室関連がチャートを荒らすと」

司会者「はい」

レジー「一方で、ミスチルのブレイクも同時期にきてます」

司会者「93年11月に出た「CROSS ROAD」がじわじわ売れて、94年6月に「innocent world」で人気を決定的なものにしてるわけですね。「Tomorrow never knows」もこの年」

レジー「この辺はまさにメガヒット時代の到来って感じですね。僕も8cmシングル買ってました。で、こういう流れとは関係なく急にスピッツがブレイクするわけです」

司会者「まあ「万年ブレイク候補」的な呼ばれ方してたし「急に」でもないとは思いますけどね。95年4月に「ロビンソン」をリリースしてます」

レジー「このあたりから世間的には「ミスチル・スピッツ」っていう「2大ロックバンド」的なパーセプションができあがるわけですね。95年から96年にかけてはウルフルズがブレイクしたりイエモンが市民権を得始めたりバンド周りの動きは他にもあるんだけど、セールスや認知度では圧倒的にこの2バンドが突き抜けてました」

司会者「96年の春には「花」と「チェリー」の発売日が重なるんですよね」

レジー「日本版「オアシスvsブラー」みたいなことを書いてる雑誌もあったな。別に対立構造全くないから何も盛り上がらなかったけど。僕は両方買いました。で、ここで最初の話に戻るんだけど、たぶんこのあたりで「こういう歌もののバンドっていけるんじゃん?」ってことを考えた人がいたと思うんですよね」

司会者「2匹目のどじょう的な」

レジー「そうですね。ビーイング的な「大量生産」でもなく、チャゲアスのような歌謡曲の系譜にあるものでもなく、要は「ミスチル風/スピッツ風のウェルメイドな音」っていうバンドでもうひと山当てられるんじゃないかってムードが出てきてた気がします」

司会者「具体的にはどういうバンドが出てきたんでしょうか」

レジー「たとえば冒頭で挙げたラズマタズはデビューは94年春ですが、本格的に認知されたのは95年春のCMタイアップです。この95年から97年あたりまでに、こういうバンドがぽつぽつ出てきてます。思いつくままに名前出してみましょう。カッコ内はデビュー年です」

ラズマタズ(94年)
スマイル(95年)
ザ・カスタネッツ(95年)
チューインガムウィークエンド(96年)
オセロケッツ(97年)
ザ・タートルズ(97年)
グレイプバイン(97年)
キュリオ(97年)


レジー「たぶんもっとあるはずです。アフターミーとかもこの流れかと思ったけど、あの人らメジャーデビューは99年なのね。「明日の向こう」ってもっと前かと勘違いしてた」

司会者「しかしまあこのB級感はクラクラしますね。って、バインもこの流れに入れていいんですか?ちゃんと続いているバンドだし、音も結構違うと思うんですが」

レジー「今となってはそうなんですけど、当時はこの辺の「ポスト・ミスチル」とか言われてるバンド群の1つだったわけですよバインも」

司会者「「ポスト・ミスチル」って今考えるとすごい呼称だな」

レジー「ね。2010年代まで続くとは思ってなかったんでしょうか。もちろんレミオロメンともフランプールとも関係ないですよ。「ポスト・スピッツ」も同じように言われてましたねたまに」

司会者「印象に残ってる曲とかありますか」

レジー「それはもう、チューインガムウィークエンドの「あの娘をつかまえて」ですよ」



司会者「はまってましたね」

レジー「絶対売れると思ったんだけどな。今聴いても結構ちゃんとしてると思うんだけど」

司会者「こういういい曲持ってるバンドもあったわけですが、なぜみんな売れなかったんですかね。バインは置いとくとして」

レジー「まずそもそもの問題として、「ミスチル風/スピッツ風」って言ったところで実はまだ本家がバリバリ元気だったっていうね」

司会者「ミスチルが止まった時期があったとはいえ、ミリオン連発してましたしね」

レジー「品行方正に歌を聴かせてくれるバンドの枠は2つで十分だったんでしょう。で、それ以外にも90年代半ばから後半にかけてって、シーンがとにかく多様になっていく時代だったわけですよ。芸能界寄りのところで言えば小室系の流れから安室ちゃんが出てきて、その付近にスピードもいて。一方で、さっきちょっと出たウルフルズやイエモン、さらにはエレカシみたいなバンド周りの流れがあるでしょ。バンドで言うとジュディマリなんていう化け物もいればミッシェルも「世界の終わり」を96年に出してるし、アンダーグラウンドではメロコアも蠢いてたわけで」

司会者「そう考えるとすごいな」

レジー「別の場所では前回書いたような渋谷系の流れを汲むシーンもあって、バンドもあればUAみたいな女性ボーカルもいて。で、そういうのが全部合わさったところに「98年」って時代があって、くるりナンバガスーパーカーっていうバンド群もあれば、あゆ宇多田aiko林檎っていう女性ボーカルも出てくるわけですよ」

司会者「刺激的ですね」

レジー「そう。超刺激的だった。僕この辺りちょうど中学から高校になる頃で、ギター始めて音楽によりのめりこむ過程にある時期だったこともあって、いろんなタイプの音楽に触れるのほんと楽しかったんですよ。で、こういう時代に、さっきあげたようなバンドが入ってこれたのかって話ですよね」

司会者「さすがに厳しそうだな」

レジー「いや、そうは言っても僕好きだったんですよあの辺のバンド。ミュージックスクエアでもかかってたし、千葉テレビやTVKでビデオクリップ流れてたし。お金もなければネットもない時代に、努力して聴いてたわけですよ。でもぶっちゃけ、もっと面白い音楽が次々に出てきてたのも事実なんだよな。「普通に良い」では満足できない状況になってしまった。しかも、「普通に良い」を超高水準でミスチルとスピッツがこなしてたわけだから。ちょっとタイアップつくくらいじゃどうにもならなかったですね」

司会者「辛い話ですね。そろそろまとめに入りたいと思うのですが、「ポスト・ミスチル」なんて痛々しい名前で括られてた人たちは今のシーンに何かを残すことができたんでしょうか」

レジー「いやー、残念ながら何も残せてないんじゃないですか。この人たちに影響受けたミュージシャンとか聞いたことないし。その括り全体で捉えたとしても、ミスチルやスピッツの影響下に包含されちゃう気がします」

司会者「うーん」

レジー「あ、でも曲単位で言えば、SMILEの「明日の行方」は一部の音楽好きの間には残ってるんじゃないでしょうか」



司会者「これは名曲」

レジー「さらに言うと、SMILEの浅田信一、オセロケッツの森山公一、ジガーズサンからソロになった坂本サトル、この3人で組んだ「浅森坂」ってユニットのクオリティーは超高いですよ」



司会者「やっぱり才能ある人たちだったんだなあ。時代が悪かったか」

レジー「出てきた時が激動の時代すぎたってことはあるかもしれませんね。でもまだ終わってませんよ。坂本サトルがドロシーリトルハッピーと絡んでるみたいに、アイドルというプラットフォームを通して才能を使うってやり方はあるかもしれない。個人的には、90年代半ばの波に飲まれてしまったミュージシャンが今の時代にアイドルの裏方で復活するみたいな展開は超熱いんですが、なんかないかなそういうの。期待してます」

司会者「浅田信一がAKBの曲書くとかね」

レジー「そうそう、そういうやつをぜひ」

司会者「ではこのあたりで。次回はどうしましょうか」

レジー「そうですね、この前ロックインジャパンのWOWOW放送があって増刊号も出たので、またその辺の話しようかと思ってます」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

地上波に生ライブとパンチラが共存する90年代の狂気(音楽の話です)

司会者「前回のエントリーで、「渋谷系」という言葉を26回も使っていますね。タイトルと引用部を含めて」

レジー「もう一生分言ったな」

司会者「そもそもの質問なんですが、渋谷系のシーンど真ん中で音楽聴いてたんでしたっけ?」

レジー「実際はそんなことないですね。僕がいわゆるポップミュージックを聴き始めたのは92年なんですが、フリッパーズギターの解散が91年ですからね。だから本当の意味ではリアルタイムで聴いてるとは言えないですね」

司会者「そういうシーンがあること自体はいつ頃知ったんですか」

レジー「当時オリジナルラブが「接吻」でMステ出たりしてて、そういう流れから「渋谷系」って言葉に触れたのかな。で、95年くらいから都心のタワレコに通うようになって。中2かそのときは。池袋のPダッシュパルコか、リニューアル後の渋谷。学校がその辺だったから定期券使って行ってました。本格的に関心を持ち出したのはその辺りかと思います」

司会者「ちょうどオザケンの王子様フィーバーが起きてた頃ですか」

レジー「そうそう。しかしまああの当時の音楽番組の動画とか見るとすごいね。オザケンなんて毎回アレンジ変えてガチのステージやってるわけで。あんなものが普通に地上波で見れた時代ってなんなんだろうね。当然のように後ろにスカパラいたりするし」

司会者「この辺の動画はオザケン知らない若い方にぜひ見てもらいたいですね」





レジー「こういうテレビ通してオザケンに関心持って、フリッパーズに遡ったりしました。そんなわけで今年初めてライブで見たときにはほんと感激しましたよ。生涯ベストライブかもしれない」

司会者「あれほんと素晴らしかったですね。感激のあまり1人で酒飲んでベロベロになるくらいでしたもんね」

レジー「普段はライブの後いろいろごちゃごちゃ言うのに「良かった!いやー良かった!」しか言ってなかったので、妻に「頭の悪い人みたいになってる」と指摘されました。まあそのくらい良かったってことです」

司会者「渋谷系界隈でオザケン以外に聴いてたのはどのあたりですか?ピチカートとか?」

レジー「それもあるけど、ピチカートは大人になってからベスト盤で改めていいなあと思った感じなんだよなあ。あ、「メッセージ・ソング」は発売時からずっと好きだけど。サニーデイもこの流れに含めていいなら超聴いてましたよ。「東京」から入りましたが、次の次の「サニーデイ・サービス」が大好きでした。あとはそうですね、ソウルセット」

司会者「ああ、確かにはまってましたね」

レジー「なんかテレビでJラップ特集みたいなの見て興味持ったんだよな。「黄昏'95~太陽の季節」に感激して」



司会者「ヒップホップなんですが、当時言われてた「フォーキー」とかそっちの流れともリンクしてますね」

レジー「そう。それではっぴいえんどやらシュガーベイブやらを聴いてみたり。そこからかせきさいだあにも行きましたよ。「じゃっ夏なんで」は残暑にぴったりですね」



司会者「(さすがにこの辺の時代の話は固有名詞ポンポン出てくるな・・・いきいきしてるよこのおじさん。もうちょっと気持ち良くさせとくか)なるほど。他に反応した流れとかありますか」

レジー「はい、外せないのがスウェディッシュポップですね」

司会者「流行りましたねあの頃。カーディガンズとか」

レジー「カーディガンズは97年のブリッツとクワトロ、2回見てますから。クワトロの方はなぜかムーンチャイルドと対バンという不思議なイベントだった」

司会者「へえ」

レジー「他にもクラウドベリージャムとかトランポリンズとかね。キラキラした歌ものが好きなのはこの辺の音が体に刻印されてるからだと思います。クラウドベリージャムも来日公演行きました」

司会者「この手の音楽の発信基地だったスウェーデンのマルメには去年旅行で行きましたね」

レジー「そうなんですよ。ほんと中学生のころからの念願だったので嬉しかった。別に何かあるわけでもなかったけど。スウェーデンいい国だったなあ。また行きたい」

司会者「カーディガンズをプロデュースしてたトーレ・ヨハンソンは日本のミュージシャンともつながってますね」

レジー「その流れでボニーピンクとか原田知世とか聴きましたね。てか今wiki見てて気づいたけど、レミオロメンの「恋の予感から」ってトーレさんプロデュースなんだ。知らなかった」

司会者「手広いですね」

レジー「まあこんな感じでいろいろ聴いてたわけですが、別に「渋谷系だから」って思って聴いたことは一度もないな。ミュージシャン側が名乗ってたわけでもないし、90年代も半ばになるとその切り口での打ち出しも減ってきてた気がする。そういう意味では、僕が「渋谷系」という言葉から直接的に想起するもので一番強烈なのは「今田耕司のシブヤ系うらりんご」ですね」

司会者「また懐かしいネタを・・・しかも半年で終わった平日夕方の泡沫番組」

レジー「今田耕司の初冠番組らしいですからね、超重要ですよ。ナイナイも出てたし」

司会者「理屈こねても無駄ですよ、そんな動機で見てたわけじゃないでしょう。特に金曜日」

レジー「そうですね、その頃は金曜日の企画でアイドルがゲームやってガンガンパンツ見せるのが楽しみでした。しかしあんな番組よく放送できたね。今だったら深夜でもアウトでしょう」

司会者「客席から男選んでアイドルに公開抱きつきとか、考えた奴にもその企画通した奴にも問題がありますね」

レジー「まあ夢のある話ですけど」

司会者「音楽と関係ないのでこの話終わらせていいですか」

レジー「いや、確かにパンチラは関係ないけど、音楽話もあります。この番組はエンディングテーマが毎月変わるんですが、最初は「ロビンソン」だったんですよ」

司会者「あんな低俗な番組の主題歌だったのか」

レジー「ブレイクしたのとは何ら関係ないと思うけどね」

司会者「「シブヤ系」って名前の番組にスピッツ使うってのは何か意図があったんですかね」

レジー「場合によってはスピッツもそっちの文脈で語られるしねえ。ちなみにこの番組は95年の春から始まったんですが、同じタイミングの月9ドラマ「僕らに愛を!」の主題歌がL-Rの「KNOCKIN' ON YOUR DOOR」。渋谷系って言うならこっちだと思うけど」

司会者「売れましたねこの曲」

レジー「この辺からタイアップに使われる曲の雰囲気が変わってる感じもあります。1年前の94年にはミスチルもブレイクしてるし。そんなことを踏まえて先ほどの「シブヤ系うらりんご」の主題歌の変遷を見てください。wikiからの引用です

3~4月 - ロビンソン スピッツ
5月 - ズルい女 シャ乱Q
6月 - あの夏が聴こえてくる MAGIC
7月 - サヨナラのキスではじめよう RAZZ MA TAZZ
8月 - 泣かないぞェ 鈴木蘭々
9月 - 太陽の雫 b-flower


司会者「タイプは違えど蘭々以外はバンドものを使ってるんですね」

レジー「どういう狙いがあったかはわかりませんが、最初2つの曲が売れたわけで同じような展開を期待したのかもしれません。で、注目したいのは7月のRAZZ MA TAZZね」



司会者「特に目立ったヒット曲もないバンドですが」

レジー「確かにそうなんだけど、90年代半ばにこういう「よく言えばシンプル、悪く言えば工夫のない歌ものバンドサウンド」が出てきてるってことには一応流れがあると思っています」

司会者「ほう」

レジー「ラズだけじゃなくてこういう感じのバンドがいくつかあって、僕その辺りのバンド結構好きだったんですよ」

司会者「あんまり語られてないシーンのような気もしますね」

レジー「そう。語られてない。で、語られてないこと自体もしょうがないかなあとも思っている。というわけで、次回は「渋谷系」みたいな華やかな話とはまた違う90年代のシーンのアナザーサイドについて話したいなと」

司会者「わかりました。できるだけ早めの更新を期待しています」

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